辛口のテレビ批評で知られる作家の麻生千晶さんだが、叱咤と裏返しの激励コメントも多い。メディアでは今、テレビや大新聞が地盤沈下、しかし、市民記者やブログに象徴されるネット媒体も育っていないと言われる。あるべきメディアの姿はどのようなものか、麻生さんに辛口で提言してもらった。
「おバカキャラ」は作られたもの
作家の麻生千晶さん
――麻生さんは今度「麻生千晶のメディア斬り」という本を出されました。まず、よく批評されるテレビのダメなところを教えて下さい。
麻生 テレビは、今でもメディアの王様ですが、ある局で「おバカキャラ」がはやったら、他局もすぐ同じ方向を向きます。あまりにも「右向け右」なんです。マスコミ各社が事件に押しかけることをメディアスクラムと言いますが、番組の作り方もスクラム状態です。テレビ局は、金がもうかりさえすればいい。でも、私はへそ曲がりの少数意見派なので、こうした状態に、マユにツバつけて「ちょっとおかしいぞ」と思う方なんです。
――昔に比べて全般的に視聴率の低下が著しいので、余裕がないのですか。
麻生 そうです、そこで、制作費が安くて視聴率が取れるバラエティやクイズが増えまくるわけです。「おバカキャラ」は、あれは作られたものですよ。本当は「おバカ」ではない。タレントのスザンヌさんは、「クイズ!ヘキサゴンII」で売り出しましたが、クイズの答え方を見ていると、真性バカだとは到底思えません。ゲラゲラ笑わせて、視聴率が取れればいい。「ヘキサゴン」は見所もありますから別として、もっと酷いタレントいじめのような下品な番組を、大学卒のエリートが作っていて、むなしくないんですかね。
――いまどきのテレビマンの姿を象徴する話があれば、お願いします。
麻生 最近なら、NHK職員のインサイダー取引問題ですね。最初の調査で3人だけだったのが、その後、勤務時間中にネットで株取引していた職員が81人もいました。関西のある都市のゴミ処理施設で前に、勤務中の「中抜け」が問題になりましたが、その中抜けとまったく同じですよ。民放テレビがニュースで糾弾していました。外部の人から見れば、勤務時間中に私的な株取引をやることと中抜けしてプールに行ったりすることは「同類」なのです。NHKは、受信料という預かった金でやっているので、もっと自己に厳しくあるべきです。
――いずれにせよ、ずいぶん安易な仕事をしているということになりますね。
麻生 テレビは、限られた電波を免許で割り当てられた「社会の公器」です。まっ昼間にテレビ局員が株の売り買いをしているだなんて、公器の意識が欠けすぎます。民放地上波のテレビ番組も、あまりにも偏りがありすぎますし、BSは通販番組の多さが目に余ります。誰でもブログを立ち上げられるネット社会のように、テレビ業界がいわばネット化しているんですね。誰でも作れない免許企業であることを忘れてしまっている。物が豊富な時代に育った今の若い人は、本物を見分ける嗅覚があります。みなジャニーズ頼みで同じ作り方のテレビは、徹底的にバカにされますよ、そのうち。テレビ局は、それぞれもっと頭を使って個性を出すべきなんです。社員教育をもっと徹底してほしいです。
新聞は長期低落傾向になる
――メディアでは、新聞も若い人が読まなくなって苦しんでいます。
麻生 私は商売柄、5紙を取っていますが、全部読む必要が全然ないんですよ。記者会見にぶら下がりのネタ、みんな同じで中央紙は1紙あれば十分なんです。官邸のブリーフィングがあれば裏を取らなくていいので、記者がサボっています。私は、諸悪の根源は記者クラブにあると思っています。NHKの放送記者クラブで会見して、NHKを批判できますか。記者クラブはつぶせばいい、全部個別に取材すればいいんです。私は、このままいけば、部数が限りなく長期低落傾向になると予言します。
――では、どうしたら読まれるようになるのでしょうか。
麻生 昔は、記者が個人で街からすごいスクープを拾ってきました。そういうものは、読みごたえがありますね。だから、「調査報道」ですよ。ガソリン税や後期高齢者の問題、テレビは感情的にけしからんと怒るだけですが、新聞は実例を細かく紹介できる。今そうしているのは週刊誌やその他の月刊誌ぐらいでしょう。しかし、紙媒体そのものが読まれなくなっている。根底に活字離れという社会の趨勢があり、スクープもないし、読み手が刹那的になっていて、テレビやネットでの第一報でわかった気になっている。それを付加価値をつけて差別化しなければいけないのに、活字媒体の記者が安易にネットの騒ぎからネタを拾ったりしている。それは自殺行為ですよ。読者はネットを見ればすむことになりますから。私の周りにも新聞を取っていない若者が沢山います。
――とはいっても、市民記者やブログなどのネットメディアは、市民権を得ていると言えるのでしょうか。すぐ炎上したり、コメント欄の書き込みも特定の人が多かったりとの声も聞きますが。
麻生 今のネット社会は、あまりにも自浄能力がなさ過ぎます。顔が見えないために犯罪につながるものもあり、まだ十分に成熟していない社会だと思います。メディア面では、まだ混とんとした状態ですね。私は、メール連絡などツールの便利さからネットを使っていますが、まだ十分に信用していません。だから、ブログを書く気にもなれないのです。
――ネットを生産的な方向に伸ばすためのご意見があれば、お願いします。
麻生 ネットはバーチャル上のデパートの役割をしており、地方の人が本や衣類を買うには便利なんですよ。地方は、県庁所在地や郊外の巨大スーパーぐらいしか大きな商店がなく、車がないと不便ですからね。私のところにも、「ネットで麻生さんの本を買いました」という声が届きます。ネットを利用して仕事を得ている過疎の町をご存知ですか。徳島県上勝町です。そこでは、大都会の高級料亭から料理に添えるモミジなどの注文を受け、各戸にファクスで注文を出して、お年寄りがその日のうちに摘みに行って料亭に送り出すんですよ。「葉っぱビジネス」と呼ばれているそうです。ネットは自己発信できるよさもあるので、肯定的に使うことを皆で考えたらいいのでは。
――これからのメディアはどうなるのでしょうか。
麻生 ホリエモン君が言うように、ネットがテレビを殺す、といったことは絶対にありません。テレビはスポーツ中継や災害や事件などLIVEの情報に強く、そのよさは当分揺るがない。紙媒体がダメになるといっても、ネットで文章を読んでもイライラするだけです。知的階層がいる限り、活字メディアは部数が減っても全くなくなるということはありません。テレビ、新聞、雑誌、ネット、それぞれに特性をもっており、私は棲み分けができると考えています。また、メディアミックスの利用の仕方ももっと工夫されるべきでしょう。
【麻生千晶さんプロフィール】
東大仏文科卒。1969年、小説現代に掲載された「ビフテキとブラームス」で作家デビュー。週刊新潮「たかが、されどテレビ」といった辛口のテレビ批評などを新聞・雑誌で長期連載。ギャラクシー賞、民放連賞などの選考委員を歴任。フジサンケイ・ビジネスアイで2004年10月から「麻生千晶のメディア斬り」を連載しており、08年4月21日に同名の本(産経新聞出版)が出版された。