精神科医・和田秀樹さんインタビュー(下)
モナコ映画祭で外国人がボロボロ泣いた

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   30年経ってようやく17歳のときの夢を実現した和田秀樹さん。スタッフはプロで、監督である自分はど素人と語る。プロと一緒に作るための戦略に、30年の生き様があった。実際に映画を作ってどうだったのか?

技術はド素人だけど、描きたいものは一番わかっている

今年は実生活でも大学受験という主演の寺島咲さん<br />(C)受験のシンデレラパートナーズ
今年は実生活でも大学受験という主演の寺島咲さん
(C)受験のシンデレラパートナーズ

――高校時代の夢を実現して今回映画を撮った。撮ってみたら、違うなあと思ったところはあるんですか?

和田 技術が進歩してきたお陰で、僕みたいな素人監督にはいいことがいっぱいありました。たとえば、デジタルで作った映画を35ミリに焼く。デジタルが良くなっているのに35ミリの焼付け技術が今年から変わったので、ほとんど35ミリで撮ったのと遜色ないようなプリントになっていると思う。デジタルで撮るとモニターを見ながら演出ができる。しかもカメラが良くなっているので、2カメで撮れるって考えたときに、ある程度編集の段階で勝負できるようになった。

――あとは、映画制作にかかるお金ですが、「受験のシンデレラ」はどのくらいかかったんですか?

和田 宣伝費を除くと約1億円です。あとで聞いてみると、もう少し安く上げる方法はあったのですが、まあ標準的だったと思います。作っているときの問題もあれば、終わったあとの宣伝費にかかる、あるいは不確定出費というものがあって。今回のように独立系の映画は、補償興行というのをやらないといけないこともある。例えば、その映画館で週に100万円売り上げなかったら足りない分は補わないといけない。そういうことも含めて、予定外のお金が意外にかかるんだなあとびっくりしました。
僕が思っていることの一つに、日本では異業種から参入する人が少ない割に、本当はそのほうがいいことっていっぱいある。たとえば、大学教授も最近になって会社の経営者から大学教授に、あるいはジャーナリストから大学教授になる人が増えてきたけれど、これまでは研究室にこもりっきりで経済のことを知らない人が教えているのが一般的でした。医学部でも外の病院でいろいろやっていた人が教授になることはあまりなく、大学に残りっぱなしの人がなる。政治家でも若くして政治家になるのが偉いと思われていて、それまでの人生でいろいろなことを経験してきた人のほうが面白いんじゃないかとは思われない。
映画の世界も、当然、下積みから苦労してきて助監督とかを経験してから監督になる。それも一つの考え方かもしれない。だけど、小説家とか映画監督とかは、いろんな世界を知っているほうが面白いものが描ける可能性はありますよね。
僕は、映画監督になりたいと思っていたのに30年も遅れちゃったんだけど、30年間、医学の勉強をしてきました。老人を相手にしてきました。あるいは受験生相手の商売をしてきました。その他もろもろの人生経験がむだじゃなかったようにしたい。映画の現場では技術的にはド素人かもしれないけれど、自分の描きたいものに関してはあなたたちよりも知っていますよ、というものが必要なんだと思います。伊丹十三さんの映画のように、お客さんに「こんなこと、知らなかったよね」といわれるものを描き出したい。僕の場合、それは医療とか教育になる。

「知らなかった」といわれるものを描き出したい

次の作品の構想もできていると語る和田秀樹さん
次の作品の構想もできていると語る和田秀樹さん

――ガンの問題とか緩和ケアというものをテーマにしようと思ったのは、なぜですか?

和田 「受験のシンデレラ」のガン治療アドバイザーをお願いした東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部長の中川恵一さんは、僕の大学時代の同級生です。2、3年前、彼に誘われて、精神科医の立場で東大の緩和ケア研究会で講演したのが、その勉強のきっかけです。その中川が、「僕は死ぬんだったらガンで死にたい。突然、脳卒中や心筋梗塞で死んだら、やりたいことをやり残したまま死ぬことになるし、恥ずかしいものを残したまま死ぬかもしれない。ガンだったら、生きている期間が決まっていて、その間、頭も冴えているし、体も動けるんだったら、これほど死ぬ準備期間のある病気はないのに、なぜ、みんなは嫌がるんだろう」と言った。みんながガンを恐れるのは、ガンは痛みや苦しみを伴うからです。医者も一般の人も緩和ケアをホスピスのことだと勘違いしているんだけど、緩和ケアは痛みや苦しみをとる医療なんです。ホスピスは確かに安らかに死ぬためのケアで、緩和ケアの重要な要素ですが、ホスピスに入る前の余命を、ガンを抱えながら最後まで生きることを助ける医療が緩和ケアの大事なポイントなのに、そこがみんなに知られていない。
「受験のシンデレラ」では、ガンであと1年半しか生きられない男が、最後の仕事に貧乏な家の子を東大に受からせると決める。その男が元気にやっている姿がいかさまに見えないようにするためには、緩和医療の考え方を持ってくるのが絶対いいと思った。

――受験生が主人公ですね。

和田 昔ならどんなに貧しい家でも教育ママというのがいた。でも、自分の幸せのためやエステ通いにはお金をかけるのに、子どもの塾代はもったいない、ひどい場合は給食費も払わないという教育ネグレクトママがたくさんいる。僕らの親の世代は、どっちかと言うと貧乏で大学に行けない人がたくさんいた。でも、今の親世代はあんなに受験勉強をたくさんしたのに結局行きたい大学に行けなかったじゃないって思っている人がたくさんいるわけです。だから、無理に勉強しても結果がしれていると思い込んでいるのでしょう。
教育ネグレクトママが多いなかでゆとり教育が進められると、例えば小学校の間に分数の掛け算を教えないだとか、中学校になっても二次方程式を教えないということで、僕も受験産業に関わっているからよくわかるんですけど、高校2年、3年生にもなって小学レベル、中学レベルで穴がポロポロある子がいっぱいいるわけですよ。そういう子どもを想定して、今の教育ネグレクトやゆとり教育の犠牲者でも2年あれば立ち直らせることができるという設定でやってみようと思った。そこは、この映画にお金を出すことになった教育産業というのが、受験生に代わって受験勉強計画を東大生が立ててあげるというビジネスで、僕が経営してきたもの。経験が十分にあります。

試写会での「予想外の反響」に驚いた

モナコ国際映画祭でグランプリを獲得
モナコ国際映画祭でグランプリを獲得

――映画の出来上がりをどう思っていますか?

和田 僕が予想していなかった嬉しいことが2つありました。ひとつは、非常にドメスティックに作ったので、外国人にわかるとは思っていなかったのですが、昨年12月、モナコ国際映画祭(*)でグランプリをもらったこと。外国でも格差社会が進み、お母さんが子どもを見ないロストボーイの問題もあり、そして「シンデレラ」の話は普遍的にいい話なのか、モナコでは外国人がこんなに泣くのかという予想外の反響がありました。
もうひとつは、1対1の師弟関係が話の軸になっているので、映画特有の引きがどっちかと言うと少ない。映画館で見てもDVDを借りて家で見ても大して変わらない映画になったんじゃないかと心配だった。それも映画のど素人だから1回目はしょうがないかなあと覚悟はしていた。ところが、試写を見に行けないからとDVDを貸して見ていただいた人と、試写会を見に来てくれた人や新潟・会津で上映会をしたときの反響が違っていて、大きなスクリーンで見るとみんな集団催眠にかかったようにボロボロ泣く。嘘でも誇張でもなく、目を真っ赤にして鼻水をすすってみたいな状態になっていて、僕もびっくりしました。大きなスクリーンで見たほうがいいものが映画だと思っていますから、嬉しい誤算でした。

>>>精神科医・和田秀樹さんインタビュー(上)
     「映画を撮るために医者になった」
     https://www.j-cast.com/2008/03/23018092.html


モナコ国際映画祭
ノンバイオレンスの人間愛を謳った映画を持ち上げていこうとポール・マッカトニーら応援して始めた映画祭。5回目になる昨年12月、「受験のシンデレラ」が、主演女優賞、主演男優賞、脚本賞、最優秀作品賞に輝いた。

【和田秀樹氏プロフィール】
1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大学付属病院精神科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、精神科医として老年精神医学、精神分析学等を研究。「ヒデキ・ワダ・インスティテュート」代表。心理学や教育問題、老人問題、人材開発、大学受験などの分野で、400冊もの著作がある。

映画公開情報
「受験のシンデレラ」3月29日よりロードショー公開 新宿K's cinema シアターN渋谷 横浜のシネマジャック&ベティ

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