メディア企業経営者、学識経験者などで作る民間研究団体が、テレビ局などに著作権者の許諾なしに番組などをネット配信する権利を与える「ネット法」の制定を提唱した。この考え方には、ネット配信への一歩前進と評価する声がある一方、権利を与えられる企業の利権などを指摘する向きもあり、専門家の中でも意見が分かれている。
テレビ局、映画会社、レコード会社にネット権を与える
ネット法を提唱したのは、角川グループホールディングスなどの経営者、知的財産権の研究者などで2007年1月29日に発足した「デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム」(代表・八田達夫政策研究大学院大学学長)。コンテンツの著作権者への対価支払い義務を負う代わりに、その許諾なくコンテンツを配信できる「ネット権」を事業者に与えるという法制度で、メンバーらが都内で08年3月17日にその案を公表した。コンテンツは、放送、映画、音楽を想定しており、現時点では、テレビ局、映画会社、レコード会社にネット権を与えるとしている。
提唱の理由については、著作権が出演者、演出家などと複数に分かれているため、ビジネスチャンスがあってもネット配信が滞っていることを挙げた。ユーチューブなどのベンチャー企業が育った欧米などに比べ、日本のネットビジネスは取り残される懸念があるという。そこで、ネット限定で著作権を制限し、コンテンツ流通を活性化させる狙いがある。
角川グループ内からはすでに、ネット法提唱の伏線とも見られる発言が出ている。
J-CASTニュースが3月16日付記事で報じたように、角川デジックスの福田正社長が、ビジネスチャンスをにらんで、ユーチューブなどへの違法な動画投稿を許容するかのような発言をしていたのだ。福田社長は、違法動画も、ファンが好意で宣伝してくれていると考えるべきだとした。そして、角川書店の担当者は、ユーチューブでの宣伝効果で、「らき☆すた」「涼宮ハルヒ」といったコンテンツの販売が国内外で伸びたことを示唆していた。
クリエーター保護など巡り賛否両論
ネット法については、ネット上では賛否両論がある。
はてなダイアリーの一つ「ナフイェコンル」では、「とくに音楽などは どんどんコピーさせた方がいい 人に聞かれてこそ音楽は意味がある その曲を耳にした人がきちんと購入する可能性も高い」と日記に書いていた。一方で、2ちゃんねるにスレッドが立ち、「底辺にいるクリエーターの権利を制限して、中間業者の権利を拡大する法律かw」「また、利権か。第二第三のJASRACができあがるだけだな」との書き込みがあった。
有識者の間でも、ネット法への意見が分かれている。
支持するのは、ITジャーナリトの佐々木俊尚氏だ。佐々木氏は、ネットでのコンテンツ配信の問題点について、「テレビ局は、番組をネット配信すると高止まりのCM料が下がるので消極的。また、著作権許諾問題や、制作システムがIT化されておらず売り上げの分配が取り決められていないことがある」と指摘。「(ネット法提唱の)一括して事後払いの方がネット配信実現の可能性が高く、そういう流れになるべきだと思います」と述べた。
企業の利権などにつながる恐れについては、「そういう可能性はありますが、中間企業を経由しないでクリエーターと消費者をつなぐ方法は現実的ではないですし、第3者機関が利益を分配しないといけません」との見方を示した。そして、「テレビ局などと同じスタンスで、アニメクリエーターなどコンテンツ制作側も第3者機関に参加できる枠組みにすることが必要です。オープンな組織で透明性を確保し、きちっと利権の監視を行うようにすればよい。優秀なクリエーターがネットでも儲けられるように、建設的な取り組みは悪くないと思います」と話した。
慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構の岸博幸准教授は、ネット法には否定的な立場だ。
「ネット上にコンテンツが流通しないからと言って、何でも著作権法を悪者にするのは間違っています。第2に、本当にクリエーターの収入・権利は守られるか疑問です。配信などの段階で、アーティストも意に沿わない改変をされると困るのではないでしょうか。ネット法は、現実性にも乏しく、ちょっと無理があります。むしろ、制度ではなくビジネス慣行に問題があり、そこを変えていくべき部分が多いと思います」