上武大大学院教授の池田信夫さんがブログで、コメント投稿者の実名を割り出し「間抜け」「(ネット)イナゴ」と罵倒したことを巡って、名誉棄損論争が勃発している。論争には、関係者がほとんど実名で登場しており、ネットでは、実名であっても認識の差を克服することの難しさを浮き彫りにした。
「イナゴ」「間抜け」などと罵倒
名誉毀損論争が勃発した池田信夫さんのブログ
名誉棄損論争の発端は、池田信夫さんが自らのブログの2007年11月13日付日記のコメント欄で、投稿者を罵ったことだった。池田さんは日記で、文部科学省の次世代スーパーコンピューターを批判的に取り上げたが、「はてな」ID名でコメントを寄せた西日本の大学の助教授の実名を割り出して「(ネット)イナゴ」と書いた。そして、「自分のコメントを否定するサイトにリンクを張った」と指摘して、このことについて「間抜け」とも発言した。
この助教授は、池田さんにコメントや自らのブログで反論したが、さらに助教授のブログを閲覧していた山形大准教授の天羽優子さんが、この問題を同大サイトにあるブログ「事象の地平線」で取り上げた。その11月18日付日記で、池田さんのコメントを「証拠保全」のためにと取り上げ、「『間抜け』『イナゴ』は、人に対するものなので、名誉毀損は成立しうるんじゃないかな」と言及したのだ。
この日記は、その後、池田さんの目に留まり、08年1月29日、「根拠もなく、このような記事を掲載すること自体が名誉毀損」とし、記事を削除しなければ山形大に通報すると書いたメールを天羽さんに送った。ところが、天羽さんは、池田さんのメールに回答せず、「事象の地平線」の同日付日記上にこのメールをそのまま公開。その理由として、池田さんが大学通報までほのめかしたことなどから私信性がないことを日記の中で挙げた。山形大との関係については、「当事者は大学ではなく私」と主張した。
池田さんは、同じ日、日記の中でメール公開行為を批判した。そして、山形大の結城章夫学長あてに、山形大のサイトで根拠なく「名誉毀損」の中傷をし、私信を無断で公開したことにどう考えるか、という公開質問状をアップ。学長あてに同じ内容のメールも送った。
池田さんと天羽さんの論争は、大学も巻き込む騒動になって、池田さんのブログなどにはコメントが殺到する事態になっている。
話し合いの必要については否定的
一連の論争では、ほぼ実名に近い形でネットのやり取りが公開されている。しかし、互いに相手が名誉毀損に当たる誹謗・中傷をしたと主張して収まらないのだ。
山形大の天羽優子さんは、J-CASTニュースの取材に対し、
「実名が出て、感情的になっていますね。ほとんど論争らしい論争がなく、ブログでの個人攻撃に終わっています。誹謗・中傷はなくならないですね」
と答えた。一方、上武大の池田信夫さんも、こう漏らした。
「コメント欄にgooIDのログインを導入したら、すごい効果があって、ノイズがなくなりました。でも、実名でも、誹謗・中傷はなくなりません。確信犯は、自分が正しいと思ってやっていますから」
ブログやメールでのやり取りは、実名だと、冷静に一歩引いてコミュニケーションしにくいのかもしれない。2人の論争も、収束の気配がなく、平行線をたどったままになっている。
そもそも、今回の論争でお互いに面識がないことが、憶測や疑念を生んでいる可能性がある。「最初は、(池田さんが)アクセスの多いブロガーか、評論家だと思い、大学の先生とは知りませんでした」と天羽さん。とすると、ネット上で解決が難しい以上、お互いに話し合いなどはできないのか。
しかし、2人とも、話し合いに否定的だ。天羽さんは、「会わなくてはならない理由があるのですか。その予定は今のところありません。ネットの文章で尽きている気がします。こういうパターンで文章を書く人は、何を言ってもダメだと思います」と答えた。池田さんも、「山形大のドメインで他人の悪口を言ったり、メールをブログで公開したり、常識ではありえませんよね。常識がない人と話しても意味がないと思います。だから、今のところ会う気はありません」と素っ気ない。
この論争について、ITジャーナリストの佐々木俊尚さんは、
「背景には、『実名』をどのようなものとして捉えるのか、という部分に認識の差があることがあります。2人の場合は、池田さんが天羽さんを山形大とひと括りにしているのに対し、天羽さんは個人の立場を強調しています。大学という属性が責任を追うかどうかの認識が論争を極端にしたのではないかと思います」
と分析する。実名でも、肩書きなどの属性が入ってくると、議論をこじらすということのようだ。また、佐々木さんによると、「失う属性なんかない」と考えている人たちは、実名でも誹謗・中傷をためらわないという。
話し合いによる解決については、佐々木さんは否定的だ。「面談する必要は、まったくないと思っています。そもそも池田さんと天羽さんが議論を決着させる必要があるのでしょうか?大切なのは、2人が論争していることが多くの人の目に触れて、そこから議論が多くの人の間で展開していくことだと思っています」
ちなみに、池田さんのブログは、率直な議論が関心を呼んでか、ブログとしては異例の月間100万ページビューも閲覧されるほどになっている。