インドのタタ・モーターズがニューデリーで開かれたデリー・オート・エクスポで初めて公開した10万ルピーカー「ナノ(Nano)」は、ここ数年、自動車業界のテーマのひとつになっている低価格車の開発をいっそう加速させることになりそうだ。それというのもナノが「サプライヤーの話によると意外とまともらしい」(スズキ幹部)などと評価されているためだ。確かにワイパーは1本、ドアミラーも1個だけと安っぽさを示す例には事欠かない。しかし10万ルピー=28万円という画期的な価格は普通のやり方では実現できない。日米欧の自動車メーカーは一刻も早くナノを手に入れ、ティアダウン(部品単位に分解すること)したくてうずうずしている。
一般的なオートバイの2~3倍の価格
「ナノ」に自動車業界の注目が集まっている
ナノは2008年1月10日、タタと伊フィアットの共同ブース(両社は密接な提携関係にある)で多数の報道陣を前にベールを脱いだ。インドのモーターショーがこれほど世界から注目されたのはおそらく初めてのことだろう。
4年かけて開発されたナノは出力33psオールアルミの623CC2気筒ガソリンエンジンをリアに搭載し、後輪を駆動する。全長3.1メートル全幅1.5メートル全高1.6メートル。10万ルピーカー構想を実現したラタン・N・タタ会長は、1台のオートバイに子ども2人と奥さんを乗せて移動するインドのお父さんたちにこの車を勧め、「人々の安全な生活に貢献したい」と語った。10万ルピーの価格は従来のもっとも安い小型車の半額で一般的なオートバイの2~3倍に相当する。二輪車ユーザーの乗り換えを主眼に置いている。
日本や欧州の自動車メーカーはかねて低価格車の開発を進めてきた。それはBRICsを初めとする新興国での購買力と事業展開を考えた結果導かれた結論で、価格ターゲットは60万円から100万円の間と見られている。ナノはその半分以下という驚異的な価格。低価格車の範疇を飛び越えて「超低価格車」と業界では呼ばれている。
トヨタ、日産も低価格車に参入
トヨタ自動車が間もなく車両開発に着手する「エントリーファミリーカー(EFC)」はインドやブラジルでの販売を想定しており、価格目標は70万円から80万円程度と見られている。日産自動車もこれまで造ったことがないこうした分野に参入を計画。連合を組むルノーはラテンメーカーの特徴として昔から小型車を得意としており、そのノウハウも参考に100万円を下回る商品を10年までに市販する。カルロス・ゴーン社長は「世界中で販売する」と表明、日本国内にも導入する。GM、フォードも相次いで低価格車の開発計画を明らかにしている。
インドを震源とする低価格車戦争は、世界に広がる様相だ。これは燃料高や温暖化防止の機運とも無縁ではない。さらに、自動車販売の不振に直面する日本では「車にこだわる層とは別に、とにかく安くて移動の足になればそれでいいというお客は確実に存在する」(大手メーカー幹部)という流れもある。
一般に自動車の利益率は高額車ほど高い。つまり台当たり利益は車両価格の上昇につれて二次関数的に高まる。この図式では低価格車一辺倒になればメーカーの経営は厳しくなる一方だ。かといって高額・高性能な車に血道をあげて生き残れるメーカーは世界的に見てごくわずかに限られる。いかに低価格車の商品魅力と収益性を両立し、ライバルより高く多く売れるなど有利に事業を展開するか、世界中のメーカーにとって大きな関心事になっている。まず注目されるのは08年後半に年産25万台の工場で生産されインド国内で売り出されるナノ単独の収益が成立しているかどうかだ。