日本の多くのサラリーマン家庭にとって最大の重荷になっているのは住宅ローンだろう。「住宅ローン地獄」とはよく言ったもので、千万円単位の借金を数十年間かかえ続け、そのあいだは月々の返済は一度たりとも滞ってはならない、というのは大変な重圧だ。時代劇によくあるのが「娘が借金の形で身売りされ、それが返済できるまで遊郭から抜けられない」という話だが、住宅ローンの返済がある限りサラリーマンを辞められない、という人の立場もそんなに変わるものではない。
欧米の住宅ローンは返さなくていい?
あまり知られていないことだが、われわれが通常「住宅ローン」と呼んでいるものは、欧米で常識とされる「住宅ローン」とはずいぶん違うものだ。日本の住宅ローンの特徴は、借り手が毎月必ず返済をしなければならないところにある。
え、ということは、他の多くの国では住宅ローンの返済をしなくて良いのか?ということになるが、まさに欧米の標準では「ローンの返済をしなくても、家を返せば完済となる」のだ(これをノン・リコース・ローンという)。これは、たとえて言うと家が「質流れ」になった、みたいな話になる。質屋は、たとえ質草が十分高い値段で売れなかったとしても、お客に「差額を返せ」とはけして言わないし、言えない(細かい法律的な議論をするといろいろとあるが、ここでは原則論を述べる)。
借りたら「墓場」まで追いかけられる
欧米ではこのような返済不要のスタイルが一般的だ。アメリカでは州ごとに法律が制定されているが、カリフォルニア州やテキサス州などでは日本のような返済の強制は違法になっている。また、そのような法律の規定がない州でも「家の売却代金だけでは足りないので、銀行が必死に取り立てをする」などということはまず許されない。銀行による消費者イジメとみなされるからだ。
一方、わが国では「たとえ家の価格が暴落しても、あるいは倒壊したとしても返済し続けなければならない」といった「理解」が常識となっている。たとえば、自然災害で家が倒壊したため新しい家を建てることになった人が二重に住宅ローンを背負う(ダブルローン)などといった話が報じられるが、こんなことがアメリカで起きたら暴動が起きるだろう。
これはすなわち欧米では貸し手の銀行が住宅の価格変動リスクを背負っていることを意味する。そのため住宅には火災保険や地震保険などへの加入が必須となる。家が壊れたら銀行が困るからだ。一方、わが国の住宅ローン審査ではとにかく借り手に定収入があるかどうかが決め手となるし、また借り手の返済能力を担保するために生命保険や保証人が要求される。つまり「あなたをどこまでも(墓場までも)追いかけますよ」ということだ。借り手(消費者)に厳しく、貸し手(銀行)にやさしいのが日本の住宅ローンなのである。
次回は、住宅ローンの税金と建築問題について述べてみたい。
++ 枝川二郎プロフィール
枝川二郎(えだがわ じろう)国際金融アナリスト
大手外資系証券でアナリストとして勤務。米国ニューヨークで国際金融の最前線で活躍。金融・経済のみならず政治、外交、文化などにもアンテナを張り巡らせて、世界の動きをウォッチ。その鋭い分析力と情報収集力には定評がある。