ネット上の誹謗中傷にどう対処するか、匿名だから氾濫するのか。こうした疑問について、ネット実名制を唱える弁護士の小倉秀夫氏に話を聞いた。
プロバイダーか、発言者か、誰かが必ず責任を負うべきだ
ネット実名制について語る小倉秀夫氏
――小倉さんのおっしゃる実名制とは、まずどんな考え方か教えて下さい。
小倉 実名制といっても、2つのフェーズがあります。1つは法的なシステム、もう1つは情報発信者の倫理ということです。法的なシステムについては、まず、不特定多数の人たちに責任の所在が明示できるように、現実社会の名前、つまり実名を使うのを基本とするような制度にするべきです。たとえペンネームなどを使う場合でも、発言の被害者から氏名、住所の開示の請求があれば、いつでも開示できることが望ましい。もし、匿名を使うならば、プロバイダーやブログ事業者がその責任を負うようにしなければなりません。情報を発信する以上、そこに社会的人格が結びつく必要があり、プロバイダーか、発言者か、誰かが必ず責任を負うべきだということです。
――2番目の情報発信者の倫理とは、どういうことですか。
小倉 情報発信する人の責任として、積極的に実名を明らかにしましょうということです。ハンドル名だけでは足りません。こうした倫理は呼びかけていくしかないのです。ところで、J-CASTさんは、匿名での嫌がらせにシンパシーを感じていることはありませんか。2ちゃんねるが好きなようですが、そこに書かれている内容の信頼性をどの程度検証して引用しているのか疑問に思っています。炎上騒ぎを十分な検証なしに記事に取り上げれば、よりひどい中傷、デマが広がってしまいます。たとえ反論を載せたとしても、名誉毀損の可能性があると思いますが。
――嫌がらせかどうか微妙な例も多いのではないでしょうか。J-CASTニュースとしては、裏づけがなかったり、法に触れたりする匿名発言は安易に引用していません。そこはご理解願います。では、なぜネット実名制を唱えているのですか。
小倉 発言の責任は、現実社会の自分が取るべきと考えるからです。それには、被害者からの法的責任、こういう人間であるという社会的責任があります。例えば、ある発言を取っても、医者が言ったと分からないと、正しいか判断しにくい。読み手がそれをもとに判断するのは必要なことで、悪いことではないと思います。肩書きで判断する人がいるとしたら、そうする人が悪いんです。実名と匿名が混在する現在のネット環境では、実名で発言する人はバカだということになってしまいます。実名の人は無限のリスクを負い、匿名の人は負わないということですから。
ID発行者の氏名、住所が分かるシステムを
――しかし、実名制にすると、内部告発のような社会的な意義のある発言がなくなってしまわないですか。
小倉 内部告発については、保護するためのルールや受け付け窓口があります。それが確からしいときは、しかるべき機関が調査します。確からしいからといって不特定多数に知られるようにしては、名誉毀損になる可能性があります。ネットでは、会社への怨恨やライバルへの妨害などの事実無根の話が、審査なく不特定多数の目に触れるわけですから。どこかでスクリーニングしないといけない。ウソであっても不買運動が始まったり、それがもとで社長の首が取られたりと、弊害が大きくなるからです。
――それでは、具体的にネット実名制をどのように実現するのですか。
小倉 私が考えているのは、複数のブログサービスなどで共通してIDを発行する「共通ID」というものです。IDとパーソナル情報を結びつければ、はてなダイアリーやココログなどへのコメントも一元的に把握できます。コメント投稿者の氏名、住所が分かるようにすれば、ブログ事業者を免責にしても構いません。共通IDに加わらず、ユーザーを囲みたいなら、事業者が責任を取ることになります。そこは、法的な仕組みを作って、どういう対応にするかは事業者に任せたらいい。
――現状のIPアドレスやITジャーナリストの佐々木俊尚さんが提唱するオープンIDではいけないのですか。
小倉 ID登録しても適当な氏名である可能性があり、メキシコあたりのプロキシサーバーを経由していれば確かめられません。一人で複数のID使い分けもできてしまいます。そうすることで、複数の人が語っているように見せかけることもできます。池内ひろ美さん「殺害予告」事件では、たまたま被告が分かっただけ。たくさんの人が誹謗中傷していましたが、ほとんどの人は責任を取らされていません。私の言う共通IDとは、そうではなく、ID発行者の氏名、住所をきちんと確認できるシステムです。携帯電話契約では、戸籍謄本や免許証などによる本人確認が義務付けられていますが、それと同じようにすればいいと思います。
――最後に、ネット社会への提言をお願いします。
小倉 匿名中心では、現実社会の地位をアップさせる手段としてネットを利用しにくくなります。実名なら損をする、匿名で発言しないと危ないようなら、そうしたインセンティブがなくなるからです。発言によって社会的な評価が高まる可能性がある若い人にとっては、こうした状況は損ですよね。ネットで叩いている人は気分がよいでしょうが、それ止まりです。2ちゃんねるで嫌がらせをしても、その人の地位は上がりません。また、ポジティブに評価されても、それを収穫できません。こうしたネット社会では、若くて才能ある人が才能を発揮する場を狭め、現在社会的に高い地位にいる人にとっては好都合になります。今は、モラルに反する状態が続いていますので、実名制によってネットをよくしていこうということです。
【小倉秀夫氏プロフィール】
1968年、東京・葛飾区生まれ。早大法学部在学中の91年、司法試験に合格。92年の同学部卒業後、司法修習生を経て、94年に弁護士登録(東京弁護士会)。2000年から中大法学部兼任講師。共著に、「インターネットの法務と税務」(新日本法規)、「著作物再販制と消費者」(岩波書店)などがある。個人ブログ「la_causette」(http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/)も開設している。