アート市場が活況を呈している。世界のアート市場は1980年代後半、日本のバブル期に高騰して以来、長い低迷が続いていたが、やっと当時の相場を越えてきた。サブプライム問題もなんのその、サザビーズ、クリスティーズ、フィリップスの3大オークションの2007年11月の売買高は17億ドルと、半年前の14億ドルを大きく上回った。ただし、過去20年ほどのあいだに他の資産が何倍、何十倍にもなったのに比べて、その上昇は遅々としたペースである。「遅咲き」の投資対象としてアート市場はさらなる伸びが期待されている。
アート市場は株式や債券、商品相場などとは違う動きをする相場だ。例えば1997~1998年にはアジア通貨危機にロシア財政危機、LTCM(98年に破たんした米国のヘッジファンド)問題が起きたにもかかわらず、アートの指標は逆に38%も上昇している。そもそも金利が付くわけでもなく(というか保管料や保険料を考えれば利回りはマイナス)、芸術性と希少性のみに価値があるという、なかなかむずかしい投資である。しかしそれだけに世界のマネーの動き、特に富裕層の動向を知るには外せない相場となっている。
最近のアートの売買には以下のような特徴がある。
(1)印象派などの作品の人気が低下気味である一方、コンテンポラリー(現代)絵画、とくに1970年代までの評価の定まった作家の作品が大きく値上がりしている。
(2)ロシアをはじめとする新興国の投資家、ヘッジファンドやプライベート・エクイティの経営者などが新しい買い手として台頭している。
(3)現金で購入している(バブル時代の日本人投資家は不動産担保の借入れ資金で購入していた)。
(4)絵画に対する思い入れがなく、純投資として購入する投資家が大半。
芸術性より「もうけ」のアート・ファンド
活況のアート市場だが、なかでも石油・天然ガスで潤っているロシア人の購入意欲はものすごい。そのために、サザビーズとクリスティーズの電光掲示板による金額表示はドル、ポンド、ユーロに加えてルーブルでも行われるようになったほど。加えて、中国人や中近東の人々が積極的に購入を始め、オークションはとても国際色豊かなものになった。
閉鎖的なアートの世界では一般人がオークション以外で有名作品を買うのは難しいので、年2回のオークションを、クビを長くして待っている金持ちが世界中にいる。たとえば、コンセプチュアル・アート(概念美術)で売り出し中のルドルフ・スティンゲルの作品。彼の「無題」は予想の3倍の2億円で落札されたが、これは「空港からヴィトンのバッグを引きずりながら直接オークション会場に現われた女性」が買っていった、とのことだ(アレキサンドラ・ピアーズの記事による)。
高騰するアート市場を背景に、「アート・ファンド」もまた注目を浴びてきている。彼らはアートの芸術性には目をつぶり、純粋な金融商品のように美術品を売り買いして儲けることに必死である。オスカー・ワイルドは「皮肉屋とは、あらゆるものの値段を知っているが、その価値を知らない人間のことをいう」と言ったが、もし彼がいまの状況を目の当たりにしたら「アート・ファンドの連中とは・・・」と、言い換えるにちがいない。
++ 枝川二郎プロフィール
枝川二郎(えだがわ じろう)国際金融アナリスト
大手外資系証券でアナリストとして勤務。米国ニューヨークで国際金融の最前線で活躍。金融・経済のみならず政治、外交、文化などにもアンテナを張り巡らせて、世界の動きをウォッチ。その鋭い分析力と情報収集力には定評がある。