日本で最も注目されている金融市場といえば、外国為替市場であろう。しかし為替レートがわれわれの生活にどのような影響を与えるかについての理解はまだまだ深いとはいえない。
欧米では「自国通貨は強いほうが望ましい」とみるのが一般的。たとえば、このところ米国人と会うと決まって聞かされるのが「ユーロに比べてドルが安くて大変」というセリフだ。しかし、日本では逆に「円安はよい」という見方が支配的。その背景には自動車や電気機器などの、円安でメリットを受ける輸出産業の発言力が強く、それが世論を大きく動かしているということがある。さらに日本の男性ビジネスマンは、自分が日常品などの買い物をすることが少ないので、(円高でメリット受ける)消費者としての立場でモノを考える習慣がないということもある。
たしかに円安は輸出にプラスに働く。しかし、円安になるということは、ドル・ベースあるいはユーロ・ベースでみた日本の経済力が小さくなる、ということでもある。世界からみると、GDPも地価も株価も所得もすべて小さくなってしまい、その分われわれの豊かさが損なわれることとなる。われわれが望んでいるのは、多くの新興国のような「輸出は強いが一般庶民の生活水準は低い」という状況ではないはずだ。
日本に来るヨーロッパ人は物価の安さに驚ろく
逆に円高は輸出にはマイナスだが、内需には貢献する。同じ円貨を払うことで海外の商品やサービスをより多く購入できるからだ。現在ヨーロッパでは1ユーロが160円あるいは1.5ドルを超えるようなユーロ高の真っ只中にあるが、内需の強さとロシアや中東の特需のおかげで潤っている。だからドイツのように日本と同様に製品の輸出への依存度の高い国でも、ユーロ高による不満はそれほど出ていない。
まあ円高・円安どちらにしても為替レートがやたらと経済に影響を与えるというのは健全ではない。同じ物の値段が国によって大きく変わらないような水準で為替レートが安定的に推移するというのが望ましい。
このところ対ドルのレートが110円前後を推移しているので、為替は安定しているようにみえる。しかし物価水準を勘案した実質の為替レートでみると、じつはかなり円安が進行している。つまり、日本の物価は上がっていない。これは円安によって国内物価を少しでも上げていき、デフレ傾向を克服しようとする金融当局のシナリオにそっている。そのため、日本に来るヨーロッパ人は物価の安さに驚いてしまう。日本は欧米人にとってはすでにかなり「チープ」な国なのだ。
さて、そこで予想だが、円・ドル・ユーロのような主要通貨の為替レートは多種多様な変数から決定されるので、予想するのはきわめてむずかしい。しかし、いずれ適正なところに平準化していくはずと考えると、中長期的には円高に向かう可能性が高いとみるのが妥当ではないか。ただし、為替レートの予想はプロでもむずかしいので、素人の皆さんがこれで儲けようというのはお薦めできない。特に短期的な相場はトレーダーの相場観で上下しているだけなので、短期間で儲けようなどという考えはやめたほうがよい。
++ 枝川二郎プロフィール
枝川二郎(えだがわ じろう)国際金融アナリスト
大手外資系証券でアナリストとして勤務。米国ニューヨークで国際金融の最前線で活躍。金融・経済のみならず政治、外交、文化などにもアンテナを張り巡らせて、世界の動きをウォッチ。その鋭い分析力と情報収集力には定評がある。