「残忍な殺人なら、被害者1人でも死刑を」。携帯電話サイト「闇の職業安定所」で知り合った男たちに殺された派遣社員の磯谷(いそがい)利恵さん(当時31歳)の遺族らが、ネット上で死刑を求める署名を始め、わずか10日間で10万人以上もの賛同者を集めた。ネットで署名活動というのも異例だが、この圧倒的な数の力は裁判官に届くのだろうか。
「被害者が1人でも極刑以外にありえない」
磯谷利恵さんの遺族らが容疑者の死刑判決を求める陳情書署名呼びかけのため開設しているサイト
事件が起きたのは、2007年8月24日。各紙が愛知県警の調べとして報じたところによると、「闇の職業安定所」で知り合った無職の川岸健治 (40)、朝日新聞拡張員の神田司 (36)、無職の堀慶末 (32)の3容疑者が、誰でもいいから現金を奪うことを計画。名古屋市千種区の路上で、何の落ち度も面識もない利恵さんを車で拉致して殺すなどした疑いだ。犯行は、現金約7万円とキャッシュカードを奪うために、必死で命乞いする磯谷利恵さんをハンマーで頭などをメッタ打ちにするなどして殺し、翌日、岐阜県内の山林に遺棄した凄惨なものだった。3容疑者は、26日に死体遺棄の疑いで逮捕され、9月14日には、強盗殺人と営利略取、逮捕監禁の疑いで再逮捕されている。
各紙によると、この凶行に、最愛の娘を失った母親の富美子さんは9月中旬から、「被害者が1人でも極刑以外にありえない」と名古屋地裁に陳情書を提出する運動を始めた。JR名古屋駅前などでの署名活動に加え、ネット上でも同月22日から、利恵さんの遺影を掲げ、協力を呼びかけるサイトを開設した。
富美子さんは、このサイト上で10月4日、被害者側代表として、
「尊い一人の命の重さが、犯人たちの汚い命の重さより軽いというのでしょうか。二人以上の殺人でないと極刑は難しいなどと、命の重さの線引きを、どうして出来るのでしょうか。この司法の壁を乗り越えるために、殺人犯たちに極刑を科す陳情書を作成し、提出することに致しました」
と趣旨を述べている。
同じ日のサイトでは、10月1日現在で、署名の数が102,422人にも達したことが感謝の言葉とともに報告されている。署名を集めた陳情書は、名古屋地検が3容疑者を起訴するときに証拠とともに地裁に提出してもらうとしている。その後も、極刑の目標が実現するまで、署名をお願いしていくという。
1人は無期、2人は死刑の可能性
被害者が1人でも、死刑判決が言い渡される例はあるのだろうか。
メディアでの事件解説で知られる白鴎大学の土本武司法科大学院長は、J-CASTニュースの取材に対し、それを肯定した。
「かつては、『結果の重大性、特に被害者の数』と言及した最高裁判決があったため、下級審の裁判官に誤解が生まれていたようです。しかし、最近は、情状を総合的に考慮して、被害者1人でも死刑判決が下されるようになってきています。オウム真理教の事件があってから、重い刑が増える傾向にありますね」
それでは陳情が量刑に影響することはあるのか。これに対し、土本氏は、
「国民は司法の素人ですが、裁判では、国民感情が凝縮されて、量刑が言い渡される慣行になっています。国民感情から離れた刑は、長続きせず、上級審で覆される可能性があります」
と指摘する。さらに、10万人という署名の数について、土本氏は「聞いたことがありませんね」といい、その数の力については、「効果があるでしょうね」と話した。
もっとも、情状が認められるケースもある。例えば、犯人が自首したケースだ。利恵さん殺害事件の場合は、川岸容疑者が「死刑が怖かった」と自首し、共犯者の存在も明らかにしていた。土本氏は、
「日本の司法は、犯行後の情状に重きを置く慣行があります。そのうえ、死刑判決に慎重です。この事件の場合、(川岸容疑者は)無期懲役でしょう。残りの2人は死刑になると思います」
と見通しを述べた。
10万人という署名の数は、多くの人が見るネットの威力だろう。遺族が願うように、すべての容疑者に必ずしも死刑判決が出るとは限らないようだが、ネットで示し合わせた稚拙な犯罪は、皮肉にも、ネットからしっぺ返しを食らう形になった。