派遣労働者が厳しい労働環境におかれていることがクローズアップされてきている。厚生労働省の発表では、定住先がなく、漫画喫茶やネットカフェで寝泊まりするいわゆる「ネットカフェ難民」の数は全国で5,400人(推計)。しかも、定住する場所が無い、ワーキングプアの数は今後爆発的に増える可能性があるという。前回に引き続き、派遣ユニオン書記長でグッドウィルユニオン書記長の関根秀一郎さんに話を聞いた。
――派遣労働者の環境が大きく変わったのはいつごろからでしょう。
山谷、釜ヶ崎といった「寄場」で働く労働者のところには手配師がいて昔から給料を「ピンはね」していました。しかし、「ピンはね」は労働条件の著しい低下を招くとして、職業安定法も労働基準法も禁止していました。ところが、1985年に労働者派遣法が成立し、1986年に施行される。この労働者派遣法は「ピンはね」を「マージン取得」という形で一部例外的に認めることになった。その時点では、「派遣業務」は専門性の高い業務などに例外的に認めただけで、雇用市場にはそれほど大きな影響を与えなかった。ところがその後、規制緩和が繰り返し行われ、1999年に派遣可能業務が原則自由化されてしまう。このときに「ピンはね」が事実上解禁されてしまったわけです。当然、雇用市場に与える「ピンはね」の影響はものすごく大きくなった。
「ワーキングプア」は両親のもとで「パラサイト」している
「ホームレスに近づく人たちがどっと出てくる可能性がある」(派遣ユニオン・関根さん)
――派遣業者のマージン取得が派遣労働者を苦しめている?
そうですね。当時、手配師が取るのは1割だったから「ピンはね」だったんですけど、合法的にできるようになってからはマージンとして給料の3割くらい取られる。驚かれるでしょうが、マージンの規制が労働者派遣法には全くないんです。 山谷などの肉体労働者は、1日の日雇い賃金が1万~1万2千円を下らなかった。今も当時も貧困のなかにいることは変わらないけど、当時は、その日泊まる木賃宿代やお酒を一杯やるお金が確保できていたのに、今はさらに引かれていますから。日雇い派遣は肉体労働でも、1日7千円程度が相場ですからね。マージンとして3~4割引かれていたら、とてもじゃないが、独立した生計を営んでいくのは不可能ですよね。
いわゆる「ワーキングプア」と呼ばれる人たちは、20代~30代の人たちが多いけど、彼らは就職の超氷河期に職業生活をスタートしたんですよ。「正社員」の募集がないときに、やむなく「非正規」として働き始める。非正規雇用は職歴にならないから、再就職しようとしても、正社員として就職できない。つまり、非正規雇用で固定化されてしまっている。言ってみれば、非正規雇用の「団塊の世代」になってしまっている。正社員として働きたくても「ワーキングプア」とよばれるような働き方をさせられている。
彼らは独立生計を営めないから、両親のもとで、いわゆる「パラサイト」ということで吸収されている。しかし、「パラサイト」で吸収できるうちはまだいい。あと10年、この状態が固定化されていったらどうなるか。親が高齢化し60~70代になると、吸収できない構図になる。そうなったときにネットカフェ難民・ホームレス型に近づく人たちがどっと出てくる可能性があるのではないか、そういう風に私は思っています。
――厚生労働省の発表では、いわゆる「ネットカフェ難民」といわれる人の数は推計で5,400人らしいですね
実際、今は「ネットカフェ難民」はそれほど多くないですよね。何らかの事情で親と断絶している人たちが、独立していかなければいけないから、「ネットカフェ難民」化するわけです。今はダムが決壊する前夜で、このまま「ワーキングプア」の状態が固定化されてしまったら、ダムが一挙に決壊するようなかたちで、「ネットカフェ難民」化する人たちが出てくる。そんな危険性が既に見え始めている、と私は思っています。
―― 一方で「ワーキングプア」が問題になるとき、最近の若者が弱くなったのではないか、あるいは、自由に働きたい時に働けるから、好き好んで「派遣」を選んでいるのでは、といった議論もありますよね
有期雇用に対する規制が必要だ
今の若者が弱くなったとは全然思いません。若者からの就職相談を受けたりしますが、若者の意識が大きく変わった事はないと思いますね。常に社会問題が起こると、当事者の意欲・意識の問題に押し込められちゃうということがあるんですが、現実はもっと構造的な問題なんですよね。
今の若者も好き好んで不安定な働き方をしている人は全然いないですよ。できることなら正社員になりたいと思っている。ところが、雇用市場を見渡す限り、募集しているのは非正規の雇用ばっかりですよ。実際に、「悪貨は良貨を駆逐する」という形で、日雇い派遣のような劣悪な労働条件の雇用形態が広がっちゃっているわけです。安定した雇用でまかなっていた部分も、「こんなに雇用調整しやすいのか」ということで、どんどん日雇い派遣に切り替えられちゃっている。これから就職しようとする人にとって「安定した職」がなくなっていく状態ですね。
もう1つ言うと、20年前の若者が高校卒業して、整備工場で働いたとき、仕事がきつかったことは今と変わりないと思うんですよ。ただし正社員として採用されていますから、給料が安くて仕事がきつくても、先輩たちを見て「いずれ生活が安定してくるな」と将来像を描ける、希望が持てる、そのような職場で働いていたわけですよね。今はどうなっているかというと、請負会社を通じての雇用ですから、みんな2~3年で放り出されるという構図になっていて、長い間働いている人なんていないんですよ。仕事はきつい、将来像も描けない。希望も持てず、仕事をやめざるをえない。こんな状況だったら、昔の若者でもみんなつぶれていったと思いますよ。
――「ワーキングプア」が苦しんでいる劣悪な労働条件を抜本的に改善していくとしたら、どういった方法をとればいいのでしょうか
経営者のエゴイズムを改善するのは事実上不可能だと思うんですね。となると構造的に変えていく、規制していく、そのためには法律・制度によるしかないだろうと思います。必要な政策は大きく分けて3つあります。
1つは、これだけ貧困が生まれてきた背景には格差がある。低賃金の労働が増えて格差が拡大してきたことが貧困を生んでいる。格差にきちっと歯止めをかけていくためには、同じ労働をしていたら同じ労働条件を定めなければいけない、という「均等待遇」を法律上定めていかないと格差の是正にはつながらないし、貧困を生み出す低賃金の是正にはつながっていかない。この「均等待遇」を立法化することが一つの政策だと思う。
2つ目には、有期雇用に対する規制が必要です。不安定雇用を生み出しているのは有期雇用ですよね。派遣・パート労働者も1ヶ月とか3ヶ月といった短い雇用契約を何回も何回も更新する「コマ切れ契約」という状態の中で働かせられている。5年も10年も働いているのに、1ヶ月契約を更新している労働者も結構います。それは、「いつでも解雇できるように」と言うことですよね。この有期雇用自体が、雇用を不安定にしていく。この究極が「日雇い」であるわけですけど、こういった有期雇用という仕組みを規制していかなければ、不安定雇用はなくならない。例えば、ドイツでは合理的な理由のない有期雇用を禁止しているんですよね。育児休業を取る労働者がいるからその代替の労働者を有期雇用で雇います、3ヶ月のプロジェクトがあるから3ヶ月の有期雇用で採る、これらは合理的ですよね。それ以外はダメだと禁止する。規制を敷いていくことで不安定雇用をなくしていくというのが今のワーキングプア問題を解消していくための大きな柱になるだろうと思います。
3つ目はやはり「ピンはね」に対する規制ですよね。ピンはねというのが労働者の労働条件を劣悪化していることが証明されているんです。労働者派遣というのはあくまで例外的に認められている制度で、これをもう一度「例外」にとどめるべきだと思います。
関根秀一郎(せきねしゅういちろう)プロフィール
派遣ユニオン書記長、グッドウィルユニオン書記長、NPO法人派遣労働ネットワーク事務局次長