参加者の共同作業で執筆、編集されるインターネット上の「百科事典」Wikipedia(ウィキペディア)を巡り、米中央情報局(CIA)関係者が「我田引水」の「修正」をしたのではないか、という疑惑が浮上した。当事者が記述内容を修正して議論を呼んだケースは日本でも起きており、その「中立性」が揺らいでいる。「ウソの塊」という批判から「集合知の実現」というバラ色の未来を描く楽観論まであるウィキペディアは、どこに向かうのか。
「WikiScanner」というプログラムで判明
CIAとFBIの編集「疑惑」を報じるロイター電子版
CIAに関する「疑惑」を報じたのは、2007年8月16日のロイター(米国・電子版)だ。記事によると、ウィキペディアに載っていたイラク戦争の犠牲者の写真が加工され、記述にあった多くの数字は「推計だ」と書き加えられた。また、元CIA長官のウィリアム・コルビー氏の経歴についても、ベトナム戦争のとき和平プログラムを推進した、といういわば「功績」が加えられた。また、米連邦捜査局(FBI)についても、テロ容疑者を収容し、虐待問題などが表面化した米グアンタナモ基地の航空・衛星写真を削除した疑いが持たれている。
米国の研究機関メンバーが開発した「WikiScanner」というプログラムを使い、ウィキペディアの編集に使ったコンピューターがどこにあるのかを調べた結果、判明した。記事では、CIAとFBIのコンピューターを使ってウィキペディアを編集したことが「WikiScanner」で分かったとしている。ウィキペディアの運営組織の女性広報担当者は、公平性のガイドラインに違反する、との考えを述べている。CIA報道官は、記述の変更にCIAのコンピューターが使われたか確認できない、とした上で「コンピューターは責任を持って運用されていると考えている」と答えている。FBIからは回答はなかった、としている。
当事者が項目記述に「介入」した例は、日本でも珍しくない。06年8月には、楽天証券の社内からの投稿で、同社への行政処分情報などが削除されたことが報じられ、同社は事実を認め、不適切な行為だったと表明した。投稿した端末のIPアドレスが公開されており判明した。 また、06年秋には、自民党の山谷えり子参院議員周辺の人が「都合の悪いこと」を削除したのではないか、との指摘が表面化した。これもIPアドレスから参議院経由で編集されたことが分かったためだ。「05年衆院解散時に『刺客』として立候補を取りざたされたが固辞した」などの表記が削除されていた。
「嘘を嘘で塗り固めているようなもの」
一方、ウィキペディアを本人が編集するだけでなく、積極的に批判する人物も現われた。元アスキー社長の西和彦さんは、西さん本人に関する記述を大量に削除し、さらに06年11月には本人だと名乗って「この記事は独断と偏見の固まりです」などとする書き込みをした。この書き込み対し、「都合が悪いからといって、恣意的に編集することも(略)中立的観点からの記述とは言えません」などと批判が寄せられ、激しい議論が続いた。西さんは、11月30日にJ-CASTニュースが報じたインタビューの中で「日本のウィキペディアはカット、コピーペーストしているだけ。嘘で嘘を塗り固めているようなものです」と言い切っている。
ウィキペディアで「ウィキペディア」と「同日本語版」を調べると、日本語版は07年8月現在40万件以上の記事がある。何分冊もの本の百科事典の項目数を大きくしのぐ数だ。日本語版利用者は、06年3月に700万人に達している。01年に米国で始まり、日本語版も01年中に発足した。日本語版の知名度が上がったのは03年からだ。「誰もが自由に参加できるため、情報の精度・信憑性は必ずしも保証されるものではない」と「自己評価」もしている。
一方でウィキペディアの可能性を示す例として、よく引き合いに出されるのは、05年に英科学雑誌ネイチャーが、ウィキペディアと「老舗」のブリタニカ百科事典の項目を数十項目抜き取りで比較調査したところ、誤りや誤解をうむ表現の件数はあまり変わらなかったという話だ。さらに、間違いが発見されれば、ウィキペディアなら誰かがほどなく修正するが、本の事典は次回の改訂まで間違いが放置されるという指摘もある。
ウィキペディアの創設者で07年春に来日したジミー・ウェールズさんは、3月17日付け朝日新聞朝刊で「あくまでも情報のとっかかり。それが賢い使い方じゃないかな」と答えている。