奈良県で少年が自宅を放火した事件について綴った書籍の出版社と著者が、著しく少年のプライバシーを侵害したとして法務省から謝罪勧告を受けた。問題となった書籍は、この事件について少年の心理や家庭環境を警察の捜査資料に基づいて詳細に綴ったもの。その中ではマスコミの「事実誤認」報道を指摘するなど、社会的メッセージの強いものだった。
警察の作成した供述調書が引用される
問題となった書籍は2007年5月に講談社から出版された『僕はパパを殺すことに決めた』。元法務省東京少年鑑別法務教官でフリージャーナリストの草薙厚子さんが執筆した。06年6月に奈良県田原町で、少年が自宅を全焼させ妻子3人が死亡した事件を巡って、捜査資料や事件で死亡した少年の継母の両親への取材に基づき、詳細に事件の背景を追ったもの。
書籍の冒頭では奈良県警の「供述調書」を含む捜査資料をA4判用紙で約3,000枚収集したことが記されており、実際に本のなかでは「供述調書」と思われる文章が50箇所以上にわたって引用されている。
草薙さんは同書の冒頭で次のように述べている。
「本書を世に出すことに、批判の声もあるかもしれない。なぜなら、少年事件において警察の作成した供述調書が手に入ることは、いかなる取材をもってしても本来ありえないことだからだ。私自身ためらいもあった」
草薙さんは、「それでもあえて、供述調書に記された少年の肉声を公開することに決めた」理由として、(1)少年事件で審判が公開されず、少年の内面について何一つ確かな情報が報じられなかったこと、(2)膨大な報道のなかに多くの事実誤認があり、報道の間違いを正すことが使命だと感じたこと(3)事件で死亡した少年の継母の両親が「娘が存在した証を残してほしい」と草薙さんに語ったこと、を挙げている。ただし、手に入るはずのない「調書」の入手経路などは書籍の中でも触れられていない。
書籍では、少年が、放火に至った理由を「供述調書」の引用を交え、説明している。ワイドショーなどの報道で、事件の動機が「継母との確執」などと報じられたことを否定している。
「少年のプライバシー保護のために勧告に至った」
しかし、この書籍の出版直後から、草薙さんの懸念通りに、「供述調書」が多く引用されたことを法務省などが問題視。奈良家裁が07年6月に講談社と草薙さんに対し「少年審判の信頼を著しく損なう」などとする抗議文を送付したほか、法務省も人権侵犯事件として捜査に乗り出した。そして、法務省は2007年7月12日、講談社と草薙さんに対し、謝罪と被害拡大を防止するよう勧告した。
法務省人権擁護局調査救済課はJ-CASTニュースに対し
「書籍のなかで、少年審判事件の記録、供述調書を引用しつつ、少年の生育歴や家庭環境などのプライバシーを詳細に記録したため、少年のプライバシー保護のために勧告に至った」
と説明する。また、この書籍をめぐっては同省同局に、少年の父親から「被害申告」があったという。
一方、講談社広報室は「今回の勧告については真摯に受け止めております。今後も少年法の精神を尊重しながら、社会的意義のある出版活動を続けていく所存です」とのコメントを発表。草薙さんも講談社を通じて、「今回の勧告につきましては、出版元である講談社と見解を一にしています」とのコメントを発表している。
J-CASTニュースは草薙さんが所属する事務所にも取材を試みたが、事務所側は「講談社と同じスタンスということなので、対応は講談社になる」としており、草薙さんは口を閉ざしたままだ。講談社はこの書籍の増版を中止することを検討するという。