日本経済新聞の「筆鋒」が鋭さを増している。原爆投下を巡る失言で防衛相を辞任した久間章生氏に対し、2007年7月2日の段階で、主要紙中、唯一社説で「辞職勧告」したのに加え、今度は安倍晋三首相の「危機管理能力」に厳しい目を向け、「判断力に疑問符」としている。7月末の参院選を控える時期だけに、「安倍政権に対する経済界の距離感が変化した」との見方も出てきた。
日経新聞の7月4日朝刊社説は、久間氏の辞任劇を論じる中で、安倍首相へ厳しい言葉を浴びせている。見出しは「政権の危機管理を疑わせる久間辞任劇」とターゲットを政権、ひいては安倍首相に向けている。「久間氏の危機管理能力の欠如には驚きを感じる。久間氏をかばってきた安倍晋三首相の判断力にも疑問符を付けざるを得ない」と論じている。
「危機管理能力の欠如を内外にさらした」
久間・前防衛相に続き、安倍首相へも厳しい見方を社説で示した日経新聞
安部首相への厳しい見方がまだ続く。7月1日にあった小沢一郎・民主党代表との党首討論の中で安倍首相が久間氏を擁護したことに触れ、「更迭するよりも擁護した方が参院選への打撃が少ないと判断したのであれば、危機管理能力の欠如を内外にさらしたことになる」と批判した。さらに、首相と防衛相という役職が安全保障や危機管理に責任を持つ立場で、現実の安全保障上の危機的状況の際には、確かな情報がつかめない中でも重要な判断が迫られることがあることを指摘。その上で「久間発言に対する国内での批判は目に見える批判である。それを読みとれなかった久間氏、さらに久間氏をかばい続けた安倍首相。政権の危機管理能力を疑わせる辞任劇であった」と締めくくった。7月2日社説で久間氏に「自ら進退を判断するのが政治家の作法ではないだろうか」と迫ったほどの表現はないが、限りなく「ダメ出し」に近い主張に見える。
7月4日朝刊の読売、朝日、毎日、産経の各新聞社も社説と1面コラムの両方で久間氏辞任問題を論じているが、安倍首相への厳しい言葉は日経が抜きん出ている。朝日新聞は「天声人語」で「(森喜朗元首相の野球を使ったたとえ話に触れ)守備位置の前に、そもそも試合に出る資格はあったのか。安倍監督の見る目も問われる」と皮肉を投げかけた。毎日新聞は社説で「任命した責任を首相は厳しく問われよう」と短く触れるに止まった。一方、読売新聞社説は、7月1日の安倍・小沢両党首討論で、原爆投下について米国に謝罪要求すべきだ、と迫った小沢代表に対し「日本の厳しい安全保障環境を無視した小沢代表の不見識な主張は、政権担当能力を疑わせるだけだ」と批判を展開した。産経新聞社説も同じやりとりに触れ、「米国に謝罪を求めつつ、核の抑止力の提供を求めるということが、現実の外交上は簡単ではない点を(安倍首相は)率直に認めた」と伝えている。
こうした中で、「政治とは比較的距離を置く」印象が強い日経新聞の「突出」ぶりは異様にも映る。
「経済政策が出てこないという財界の不満が背景」
日経新聞が安倍首相を厳しく論じるに当たって「肌で」感じている「世論」はどのようなものなのか。日経OBで財界の取材経験が長いジャーナリストは「小泉政権に比べ、経済政策が出てこないという財界の不満が背景にある」と解説する。安倍首相の力点は教育問題や憲法改正問題といった「政治」ばかりだ、といういら立ちがあるという訳だ。このジャーナリストによると、問題が起きた際の対処のスピード感がないという不満も財界に広がっている。07年5月末の松岡利勝前農水相の自殺に見られるように、問題を抱える閣僚をかばって事態を長期化、悪化させた点などが背景にあると見られる。2002年当時に田中真紀子外相を更迭した小泉純一郎首相のような「果断」な面が感じられないという批判だ。
しかし、財界の船頭役ともいえる日本経団連会長の御手洗冨士夫・キヤノン会長は「安倍首相と近い」とされている。この点については「歴代の会長と首相の関係もある程度はそういうものだ、という仕方ない面もある」とした上で、それでも奥田碩・前日本経団連会長と比べスケールが小さい、懐の深さが違うという声も出ている、と明かした。御手洗会長と財界の間にも微妙な温度の違いが出ているということだろうか。
また、別のベテランジャーナリストの1人は、小泉政権時代との違いをこう解説する。小泉首相時代のときは、「靖国問題」など中国外交を除くと「満点に近い」という評価が出るほど財界には受けがよかった。しかし、安倍首相の評価は日増しに厳しさを増している。例えば、07年4月の中東ミッション。安倍首相は御手洗会長に頼み込み、過去最大級ともいわれる200人近い財界人を「動員」させた。しかし、図体の割には、ほとんど成果はなかった。その上、
「首脳との会談に出席できるのは数人。ほかのメンバーは、ホテルでただすごすしかなく、仕事もないのに一体なんだ、という不満が出たと聞いています」
こうした点について、日本経済新聞にJ-CASTニュースが質問すると、日本経済新聞社論説委員会は「社説については論説委員会で議論を重ね、我々の主張を過不足なく書いたものなので、それで判断していただきたいと思います」と文書で回答した。