最近、「ネットカフェ難民」の実態がメディアで大きく取り上げられ、若年世代を中心とした「貧困」の現状が浮き彫りになった。この世代の「貧困」は広がりを増し、深刻な問題になりつつある。彼らはなぜ「貧困」に苦しまなくてはいけないのか。その脱出策はあるのか。1995年からホームレスの支援に携わり、NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長を務める湯浅誠さんに聞いた。
子供支えるのは「もう限界だ」
「日本全体が『貧困化』している」と語る湯浅誠さん
――若者の相談は増えているのでしょうか。
とっても増えているんです。最近の相談例を紹介しましょう。例えば、今週(もやいを)訪れたのは、34歳の男性で、7年間ネットカフェ難民をやっていました。といっても、7年間ずっとネットカフェで暮らしていたわけではなく、友達の家にいたりもしていましたけど、広い意味での「ホームレス」ですよね。
家賃が払えなくなった35歳の女性も来ました。31歳の男の人の場合も厳しい状態でした。1年ぐらい前にうつ病でコンピュータの関係の仕事をやめたんですが、もともと実家とはあまりうまく行ってないというか、実家にいながら台所を使わせてもらえない状態だったんです。1週間ぐらい何も食べてない状態でした。実家にいながら飢えてたんですね。本人も自信を失っていて、なかなか相談に来るまで踏み出せなくて、ようやく2~3週間ぐらい前に来て、対応しました。今は見違えるほど元気になっています。
「ネットカフェ難民」を筆頭に、メディアなどでいろいろ話題になっていることも影響して、若い人の相談が増えているのは確かです。ただ、若い人たちだけかというと多分そうではない。一番感じるのは、「多様化」ということです。例えば、1日のうち1時間ずつ予約制で相談を受けてるんですけど、10代の施設を飛び出してきた人が来たり、80代のおじいいちゃんが来たり、家族一家が4人揃ってきたり、若い男性やカップルが来ることもあります。
――男女問わず、年齢も拡大している?
そういう感じですね。日本全体が「貧困化」していると思います。若者はメディアに非常に注目されてるので、どうしても貧困の問題は就職氷河期の問題と結び付けられやすいのですが、私は必ずしもそうではないと思います。全体が地盤沈下しているなかで、とりわけ若者に注目が集まっている、ということです。家族の相談が増えてきたのも特徴です。支えてきた人が一緒に来て、言うことは決まっているんです。「今まで何とかしてきたけど、もう限界だ」と言うんですね。こうした人たちは「貧困」という状態までは行ってないけど、支える余裕がなくなってきてる。考えてみれば、例えば定年退職しても、貯金とわずかな年金で、あと20年~30年、ひょっとしたら40年、息子や娘を支えて暮らしていかないといけない。勿論そこには、不安があるわけですよね。「もう限界だ」というので、相談に来るんです。
――若くして貧困に苦しんで相談に来る人は、家族の支えはないのでしょうか。
ほぼ例外なく家族と断絶しています。どういう原因がなのか聞くのはあまりにデリケートなので、信頼関係上、最初はあまり聞かないようにしています。ただ、ぼつぼつ関係ができてきてから聞いてみると、ほぼ例外なく家族との関係が切れている。若い人の場合、もともと養護施設出身の人、ご両親が離婚している人、DV(家庭内暴力)の被害に遭った人、いろんな人がいます。何らかの形で家族に頼れない事情があると例がほとんどですね。 親と同居しているフリーターは、仕事は不安定だけど、家族の支えがあれば、そのまま生活の不安定さには直結しないわけです。でも、そこでサポートしてくれる家族の関係がないと、仕事の不安定さがそのまま生活の不安定さに直結してしまう。それを私は「溜め」がないといってますけど、そういった「溜め」が失われてしまっている人が多いです。
「意欲の貧困」が起きている
――クッションがないということですね。でも家族のサポート、つまり「溜め」がない場合、困窮する人たちはどうやって自立していくのでしょうか?
「溜め」を増やしていくしかないですよね。貯金といった金銭関係、家族・友人、精神的には「自信」とかですよね。
先ほどお話しましたが、31歳で実家で飢えていた男性は、最初に来た時、「30歳になって恥ずかしい、もう生きて行けない」と言ったんです。「意欲の貧困」というか、すでに精神的に「溜め」がなくなっているんですね。生活の基盤ができた、友達ができた。そういうことがあって元気になれたんだと思います。
あと、生活保障や居場所、そういったものがセットで提供されることが非常に重要なんですね。僕は「再チャレンジ」はうまく行かないと言っているんですけど、「再チャレンジ」というのは一言で言えば、「労働市場で働け」ということですよね。条件が過酷ですから、その日の暮らしに追われて、「溜め」ができないわけです。もっと働いたところで、脱出できるわけでもない。どうやったら、その人の「溜め」を増やしていけるのかを真剣に考えなければならないと思います。
福祉事務所に行って生活保護を受けようとしても「お前まだ働けるでしょ」と言われて追い返される。
もう、それから後は、つるつるの坂道みたいなもので、何の歯止めがない社会なんですね。一回転んだらさーっとどん底まで行っちゃう。世の中では、「楽して生きたいから生活保護を受ける」みたいに考えられているけど、本当は本人だって生活保護なんて受けたくないんですよ。でもそれ以外、他に生きる方法がない。だから、労働や社会保障を含めたセーフティネットをもう一度張りなおさなければいけないのです。
<湯浅誠(ゆあさまこと)プロフィール>
NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長/反貧困ネットワーク準備会事務局長。1969年東京生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。95年からホームレス支援に携わる。 現在、便利屋・あうん代表、ホームレス総合相談ネットワークを兼任。著書に、『あなたにもできる!本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』(同文舘出版)、『貧困襲来』(山吹書店)。