資料「手で破れ」と命令され 5日間で腱鞘炎になる陰湿
――棗一郎弁護士インタビュー(下)

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   多くの企業はバブル崩壊後の苦境を脱し、好業績をあげはじめている。しかし、その一方で、労働相談・労働事件は増え続け、職場での「いじめ」が急増していると言う。現在の職場で起こっていることはいった何なのか。前回に引き続き日本労働弁護団事務局次長棗一郎弁護士に聞いた。

――最近の労働相談・労働事件はどの様な傾向がありますか。

日本労働弁護団が労働相談活動を始めたのが、バブル経済が崩壊して、リストラの嵐が吹き荒れた93年からです。最近では、年間に2400~500件ぐらい平均で来ていますが、弁護団の相談体勢のキャパシティの限界といったところです。相談の中身については、リストラ・退職の相談、長時間残業の相談、成果主義による賃金の一方的なカット。この3種類の相談で7割を占めるんです。そして、これまではリストラ・退職の相談が一貫して多かった。
しかし、2004年に長時間労働・残業の相談がトップになったんですよ。弁護士のところに来るのは、かなり切羽詰まっている状態なので、緊急性を要するリストラ・解雇の問題が一番多かったというのはまだ分かります。しかし、04年に長時間・残業の相談が1位になって、こんなにひどいのかと驚きでした。そして、05年から、ここ2年ちょっとの傾向は「職場のいじめ」の相談が急増したことです。

――「職場のいじめ」が最近で急に増えたのですか。

たしかに「職場のいじめ」は、リストラの手段として前から相談の7~8%くらい、あるにはあったんです。しかし、それが倍に跳ね上がり、06年は全体の相談の2割近い状態です。「職場のいじめ」が相談の2割近いというのは異常事態ですよ。しかも、仲間同士の仲間はずれ、「職場八分」といったその手のものだったらまだましな方で、うつ病になってしまうくらいひどいものが多く、なかにはストレートないじめから暴力まで振るうものまであります。傷害事件として扱っていいくらいです。

いったん始まったら追い出すまでエスカレートする

「相談のトップが職場のいじめというのは異常」(棗弁護士)
「相談のトップが職場のいじめというのは異常」(棗弁護士)

―― 「職場のいじめ」は上司によって行われるのでしょうか。

上司です。チームや部署が成果挙げられないと自分の立場が危ないですから、部下の中で仕事ができない人、仕事が遅い人、自分に反抗する人、使いにくい人、権利主張する人が狙われやすく、また、いったん始まったら追い出すまでどんどんエスカレートしていきます。暴言にはじまり、間接的な暴力から直接的な暴力へ至るケースもある。また、全く業務と関連性のない雑務、例えば草むしりや、会社の車30何台の洗車をやらせたりするのもあります。
例えば、経理の女性の場合は、「残業代どうなっているのですか」と上司に聞いたところ、毎日いらなくなった会計資料をシュレッダーがあるのに、「手で破れ」と命令されて、延々とやらされる。5日間で腱鞘炎になりました。また、あるSE(システムエンジニア)の場合は、再教育プログラムと称して、パソコンを取り上げて、漢字の練習、新聞の社説の要約をひたすらやらされる。それをテストして「できないじゃないか」といって延々と繰り返させる。この人はうつ病になりました。2人とも交渉して、なんとか解決には至りました。深刻なのは病気になってしまうケースですね。

――「職場のいじめ」について会社側は何と弁明するのですか。

「本人のために良かれと思ってやった」と必ず言いますね。「暴力なんて絶対振るっていません、本人のためにやったんです。励ますためにポンっと方を叩いたことがあるかもしれないですけど、暴力なんて振るっていません」。みんなそう言います。

――「職場のいじめ」による「うつ病」の労災認定は難しいのですか。

難しいですね。仕事によるうつ病だという、業務起因性があるかないかといところがポイントになります。長時間労働のうつ病というのははっきりしていて、ある程度の限度を越えた時間を越えて労働していれば、業務上の関係性があるんじゃないかという話になります。しかし、「職場のいじめ」によるうつ病の場合、どんな行為のいじめがあったのかを特定して、それがどれくらい続いたという具体的な事実関係を特定して、それを裏付ける証拠が必要になります。
いじめはハラスメントの一種で、密室でやられる、わからないようにやられる場合も多いし、衆人環視のもとで行われたとしても、被害者側にたって証言する人なんていない。そんなことやったら、つぎに「いじめ」られるのは自分になりますから、誰も協力してくれない。さらに、会社側は、業務命令で「この人はこんなひどい人でした」と証言する陳述書まで書いてきます。そのようななかで、どう立証していくのが非常に大変です。
前出の女性経理の人の場合、いじめに遭っている途中で相談に来て、録音し、破った紙も証拠として取っておいた。またSEの場合も、暴行を振るわれ、出血した姿を写真を撮ったうえ、いじめの様子をボイスレコーダーを忍ばせて録音しました。そのせいで、有利に交渉できました。いじめにあったら弁護士に早く相談するのがいいと思います。

いじめの被害者、今は全世代に広がる

――どういった世代の人がいじめの被害者になりやすいのでしょうか。若い人が多かったりするのでしょうか。

昔はリストラするために中年社員が被害に遭ったりもしたんでしょうけど、今は全世代がいじめの被害にあっています。最近は女性の方が多いくらいですね。我々のところに相談に来る人は正規雇用の人が多く、8割がたが正社員です。しかし、非正規の人たちは、賃金が低い、会社に逆らえないし、派遣期間を超えるとあとは終り、有期雇用の場合は「雇い止め」だと言われるので、弁護士に相談して表立って会社と交渉しようなんて考えられないんです。日本の雇用社会では正社員を筆頭に階級ができていて、その底辺の人、「非正規」がいじめられるのが当然になっているのではないか。そういう人たちが一杯いるのだろうと推測できると思います。

――大企業でも「職場のいじめ」はあるんでしょうか。また、業績がいい企業でもそういったことがあるんですか。

どこも同じです。有名な都市銀行もあるし、生保もあるし、小さな会社でもある。成果主義によってリストラの圧力がいつもありますから、業績が悪いから、というわけでもありません。いまは、職場が排除の論理に変わってきている。相談のトップが職場のいじめというのは、どう考えてもこの状態は異常ですよ。

――景気が良くなってもこの状態では、今後も「職場のいじめ」は止まらないのでしょうか。

個々の相談や法的な手続きをとることも増えてきましたが、司法的な解決は限界があります。ですから、政策的・立法的な解決をしなきゃダメです。欧州では職場いじめを禁止する法律を作っている国もあるので、同じようにすればいいんです。要は、法律を作って職場のいじめを定義するとともに、それを禁止して、罰則を設ける。そういう簡単なものでもあればいいんですよ。あと、長時間労働、過労・うつ申請がこれほど増えているなかで、残業時間の上限を規制しますという条文を労働基準法に加えればいいんです。簡単なことなんですよ。

   ※30歳前後で月給10万 どうやって食べていくんですか――棗一郎弁護士インタビュー(上)


棗一郎(なつめいちろう)プロフィール
長崎県出身。中央大学法学部法律学科卒業。1997年弁護士登録。日本労働弁護団事務局次長、日本弁護士連合会労働法制委員会事務局長次長。

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