「歌い手が情を失ったら、その歌は死ぬんだ」
また石橋氏の文章には、実家が寺の川内氏が森氏の母親の葬儀で経を唱えてあげたエピソードや、「日本コロンビアのオーディションに落ち、途方に暮れていた森をビクターに推薦したのは、康範なのである」といった森氏と川内氏の父子同然の特別な関係が紹介されている。
にもかかわらず、森氏は『おふくろさん』の改変について川内氏になんの連絡もしていなかった。
「これでは、康範が怒るのも当然であろう。とはいえ、康範の本意は、著作権云々を問題にすることではない。森の道義的な部分に立腹しているのだ」
こう記した石橋氏は次のように書く。
「康範は森の恩師であるというよりも、『森を息子のように思っている』のであった。だから、今回の『おふくろさん』騒動では、告訴する気持ちなどなかったのである。」
これまでテレビのワイドショーを中心に大々的に報じられてきた「おふくろさん騒動」では、「著作権」がクローズアップされることが多かった。しかし、川内氏が「森にはもう自分の曲を歌わせない」とまで態度を硬化させた裏には、このような情や恩を森氏に踏みにじられてしまったという思いがあった。
そんな川内氏の思いを受け止めた石橋氏はこうまとめている。
――康範は言う。
「歌い手が情(こころ)を失ったら、その歌は死ぬんだ」
この言葉に、康範が言いたいことのすべてが込められている気がするのである。