元首相追及の雰囲気に飲まれた警察
取材では警察官、被告人、芸者などの関係者のほぼ全員に直接会って話を聞いた。結論から言うと、渡したという証拠は、警察での調書しかない。しかも、誰も金額をはっきりいってはいない。渡した業者は私的な事情があって金額を強く否定できなかったといい、芸者は金を見ていないといった。話を総合すると、業者が妻から100万円もらい、90万円抜いて局長には10万円渡したようなのだ。
私の取材結果は、裁判を完全に否定するものだった。背景に、当時の田中たたきの雰囲気の中で元首相の不正摘発に挑みたいという警察側の誘惑が見えた。都合の良い話だけを継ぎ合わせて、そっちの方向へ話が組み立てられていく。捜査員は法廷での証人尋問でも、明らかにウソと見られる証言を重ねている。そして、最初にこのストーリーを作った警部補は家族からも「悪徳警官」といわれる男だった。彼は警察手帳や拳銃を何日も友人に預け、捜査先の金融機関から金を借りまくり、取立てに追われて警察を退職、自殺していたのである。
詳しく拙著「欺かれた法廷」(朝日新聞社)にほとんどを実名で書いたが、反論はこなかった。これを裁判官が読んだらどう思ったか。法廷に出なかった話しだというのだろうか。自殺した警部補を除くほとんどの捜査関係者、裁判官はその後、期待通りの出世を遂げ、裁判官の中には頂点を極めた人もいる。
この局長は失意のうちに先年、病死している。棺の中に拙著を入れてほしいというのが遺言だった。夫人は今も、あの悪夢にうなされると話している。
発行人(株式会社ジェイ・キャスト 代表取締役)
蜷川真夫