月刊誌「マルコポーロ」は廃刊、編集長は解任
実は同センターが日本のマスコミに噛みつくのは、今回が初めてはない。
有名なのは、95年1月に文藝春秋社の月刊誌「マルコポーロ」が掲載した「ナチ『ガス室』はなかった」と題する記事をめぐるトラブルだ。「ホロコーストはソ連などの共産主義政権の作り話」などとする内容に、同センターやイスラエル大使館が抗議し、国際問題に発展した。同センターは、文藝春秋社のスポンサーに広告出稿を取りやめるように働きかけ、各企業もそれに応じた、とされる。文芸春秋社は雑誌の回収と廃刊、編集長の解任を決め、全面謝罪。社長も引責辞任に追い込まれた。
99年には、小学館の「週刊ポスト」掲載の「長銀『われらが血税5兆円』を食う ユダヤ資本人脈ついに掴んだ」という記事が、「日本長期信用銀行(当時)が米投資会社に譲渡された背景には、ユダヤ系金融資本の強い意志が働いているのである」などと報じたことに抗議。同様にスポンサーに出稿取りやめを働きかけた。小学館は、同誌広告が出た新聞などに、謝罪広告を掲載することになった。あわせて、「人種差別的な偏見を正すための企画」を行うことも表明した。
01年10月には、テレビ朝日のワイドショー「スーパーモーニング」のコメンテーターを務めていた川村晃司・元カイロ支局長が米国での炭疽(たんそ)菌事件について、「ユダヤ人が狙われた。彼らが米国のメディアを支配しているためだ」と発言したことに反発、コメンテーターの更迭と会社としての謝罪を要求。テレ朝側は「遺憾の意」を表明していた。
もっとも、掲載された記事について、スポンサーに働きかけて圧力をかける、というやり方に反発がない訳ではない。00年5月2日の朝日新聞には、同センターの副所長が「人権セミナー」の講師を務めた時の、小学館社員とのこんなやりとりが紹介されている。
「『なぜ言論のやりとりもしないまま、広告を封じ込める手段をとったのか』。今年2月、ポストを発行する小学館で開かれた人権セミナー。小学館の男性社員は、講師のクーパー副所長にただした。副所長は『日本発の情報は近隣の国にも影響を与える。我々はちゅうちょなく広告主の所に行く』と答えた」