警察が作った暴力団対策ビデオを、「組員の子どもに対するいじめの可能性」を理由に、教育委員会が中学・高校では上映しないと決めた―そんな報道が飛び出した。暴力団が、この教育委員会に対して「暴対ビデオは人権侵害だ」と主張する「申し入れ書」を送付していた、という経緯もあるだけに、「暴力団の圧力に屈した」との見方もある。
組員の子どもに対するいじめ誘発?
警察では、暴力団についての情報提供を呼びかけている
ビデオのタイトルは「許されざる者」。福岡県警が、暴力団の勢力拡大を食い止めるために、2006年6月から7月にかけて制作した。同県北九州市には、指定暴力団「工藤会」が本拠地を置いており、同会は、他の暴力団と比べても凶暴だとされる。銃撃事件をたびたび起こしたり、店舗に「みかじめ料」を要求するなど、一般市民にも被害を与えてきた。
これを受けて、県警では06年4月には捜査員の数を100人から700人に大幅増員、組織の壊滅を目指してきた。それでも同会の構成員数は微増し、その理由を探ってみると、「若手の組員が、地元の非行少年をリクルーティングしている」らしいことと、「若者が、何となく『ヤクザは金になる、かっこいい』というイメージを持っている」らしいことがわかった。
こんな状況を踏まえて、若い人たちに暴力団の実情を知らせ、「映画やマンガに出てくるような『良いヤクザ』なんて存在しない」というメッセージを伝える目的で、ビデオは制作された。全編26分のドラマ仕立てとなっており、傷害事件で懲役2年の刑を受けた主人公の組員が、組長の命令で別の事件を起こして逮捕され、取り調べを受ける課程で組織の矛盾や暴力団の悪質さに気づく、というストーリー。約30人の出演者は全員が現役の警察官と職員で、外注すると約1,000万円かかる制作費用を約30万円に抑えた。「警察官が演じるドラマ」は異例だという。
このビデオは完成後、北九州市を通して高校や中学校に配布し、上映の際には警察官が各校に出向いて解説する「出張授業」のようなことまで計画されていたのだが、思わぬ形で運動に水をさされることになった。読売新聞が07年1月23日に、こう報じたのだ。
「北九州市教委が『組員の子どもに対するいじめを誘発する可能性がある』として、市立中学、高校で上映しないと決めたことがわかった」
実は、06年7月には、当の「工藤会」が「ビデオは人権侵害だ」として学校現場でのビデオ上映を取りやめるように求める「申し入れ書」を市教委に送付しており、この決定が本当だとすれば「市教委が暴力団の圧力に屈した」と見られても仕方のない状況だ。市教委の指導第2課では、J-CASTニュースに対して、こう反論している。
公式見解が朝日で、本音が読売の記事
「『圧力に屈した』なんてことはありません。そもそも、読売新聞が書いているような『暴追ビデオ"追放"』だとか『上映しないと決めた』といったようなことはありません。朝日新聞の記事では、私たちの言い分がよく伝わっていると思います」
07年1月24日の朝日新聞には、こうある。
「北九州市教委は23日、『中学校や高校の教職員研修に活用する。生徒に鑑賞させるかどうかは各校の判断にまかせる』との見解を明らかにした」
どうやら、「市教委が『生徒に見せないと決めた』ということはなく、各校で上映されるかどうかは市教委とは別の問題」というスタンスのようだ。では、読売新聞は「誤報」ということなのだろうか。関係者は、J-CASTニュースに対してこう明かす。
「どうやら、市教委のある課長さんが、うっかり読売新聞に喋っちゃったらしいんですよね。なので、市教委の『公式見解』が朝日の記事で、『本音』が読売の記事、というのが実際のところでしょう」
では、読売新聞が書いた「本音」が出たのは、何故なのだろうか。この関係者は、こう続ける。
「やはり、工藤会が怖いのではないでしょうか。公立学校の校長先生の立場からすると、子どもの父親が組員で、クレームを言ってくる、という状況は避けたいところでしょう。『かかわりあいたくない』というのが正直なところでしょう」
なお、ビデオの脚本書きから監督、編集までを一手に担当した県警北九州地区暴力団総合対策現地本部の藪正孝・現地統括管理官は、こう話している。
「ビデオだけを押しつける気はまったくありません。ビデオに限らず、暴力団への加入阻止や、悪影響を排除するための活動を行うにあたって、市教委には協力要請を進めていきたいと思います」
なお、このビデオ、北九州市内の私立高校では複数の上映実績があり、生徒からは「ヤクザはかっこいいと思っていたが、全然そんなことはないとわかった」など、制作者の狙い通りの反応を得られている。今後は、行橋市など、北九州市の周辺地域での上映も計画していくという。