「男児誕生を期待している」と紀子妃出産前日の2006年9月5日に発言した杉浦正健法務大臣。宮内庁の羽毛田信吾長官が同12日の定例記者会見で「出産を控えた妃殿下の気持ちを考えると、軽々におっしゃるのはいかがなものか」と遺憾の意を秘書官を通じて伝えた、という。宮内庁長官からの名指しの注意は極めて異例だが、この杉浦法相、実は失言、迷言の名手なのだ。
この男児誕生発言が、皇室関係者だけでなく多くの人々の強烈な反感を買うのは当然だ。ネット上でも「女児誕生では"期待外れ"ということ?」「女児であった場合、生まれてきた内親王様、紀子さま、秋篠宮さまはどう思うのか」などといった文章が並ぶ。さらに、杉浦法相が弁護士で、「法の番人」だから反感がさらに高まる。「これ以上人間の尊厳を損なう発言があるだろうか?」と書いたブロガーもいた。
05年11月に法相に就任するも、「迷言」続き
失言、迷言は今に始まったことではない。なんともはや、これがとんでもないことばかりなのだ。杉浦法相の失言、迷言を並べてみた。
04年5月30日、拉致被害者の曽我ひとみさん一家の再会場所をめぐり、当時官房副長官だった杉浦法相は、再会場所を北京とし「政府が責任を持ってやっていく。曽我さんにもご理解頂けた」と記者団に説明した。しかし、翌31日に曽我さんが「できれば北京以外で」との談話を発表する。同6月1日の朝日新聞は「曽我さんの意向を最優先に。と言いながら、まず北京ありきで準備してきた政府の姿勢が際立つ」と非難した。
05年10月31日夜、法相が署名することになっている死刑執行命令書について「私はサインしません」と述べ、在任中に死刑の執行をしない考えを明らかにした。理由は「私の心の問題。宗教観というか哲学の問題です」と説明したが、約1時間後発言を撤回。「個人の心情を吐露したもので、法の番人としての法相の職務執行について述べたものではない」との文書を出した。同11月1日の毎日新聞は「就任早々の軽率な発言で、法相としての資質が問われる事態になった」と書いた。
06年3月15日の国会答弁で、民主党の枝野議員から夫婦別姓制度で婚姻届を出さないカップルが少なからずいることを指摘され、「その点、私、ちょっとわからないんです。愛があれば結婚するのであって、制度がどうのこうので結婚するわけではないと思います」と回答し、夫婦別姓を考えるブログなどで「弁護士出身で法律の知識はあっても、夫婦別姓については紋切り型の発言しか見られません」と書かれた。
06年5月9日の衆議院財務委員会で、民主党の古本伸一郎議員がこう発言した。ホリエモンが06年4月27日に保釈されたときの話だ。
「正健氏はこうコメントされています。読み上げます。元気そうだ、若いし裁判をきちっとやってほしい、あの姿を見たら再起してもらえるのではないかという印象を受けたと。再起ってどういう意味ですか。まだ刑期が確定もしていない。有罪かどうかもわかっていない。なけなしのお金をつぎ込んだ投資家から見れば、一体何なんだこれはという思いであります。どういう意図を持って御発言されたか、御所見を伺います」
山口県の徳山工業高等専門学校女子学生殺害事件で、指名手配中の男子同級生(19)が自殺した報道を巡り、一部の新聞やテレビ局が実名報道したことについて、杉浦法相は06年9月8日の閣議後会見で、「犯人の少年が死亡した後でも、少年には家族があり、表現の自由とプライバシーとの関係で問題がないとはいえないという感じもする。難しい問題だ」と指摘した。これについては「少年には家族があり」という部分が特に大きな波紋を呼んだ。「被害者にも家族はあるんだ」「被害者よりも加害者の人権を尊重しろ、とでも言いたいのだろうか」などという意見がネットで渦巻いた。
杉浦法相は1925年7月26日生まれ愛知県岡崎市出身だ。東京大学経済学部卒業後、川崎製鉄入社。その後弁護士になり、86年に衆議院議員初当選。農林水産政務次官、国土政務次官、外務副大臣などを経て、05年に法務大臣になった。当選6回。