「ちゃんと質問しなさい」 オシムの記者教育

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「マスコミの人がちゃんと質問しないなら、私のほうから今日の試合について話します」

   2006年8月16日、サッカー日本代表はアジア杯予選のイエメン代表戦に臨み、2対0で勝利した。オシム監督は、試合後の記者会見でこう切り出し報道陣を驚かせた。なぜオシム監督はマスコミに対して、このような態度を取るのか。

   この日の記者会見で「2戦目で進歩はあったか」との質問に、オシム監督は次のように切り返した。

「私ですか?選手ですか?」

   マスコミの質問のあいまいさを鋭く突いた発言だ。

新聞記者は戦争を始めることができる

イエメン戦翌日のスポーツ各紙と『オシムの言葉』。オシムの”教育”は記者に届くか
イエメン戦翌日のスポーツ各紙と『オシムの言葉』。オシムの”教育”は記者に届くか

   オシム監督の初戦トリニタード・トバゴ戦に勝利した後のインタビューでも、「今日は親善試合で次は公式戦ですが」との記者の質問に、「今日は公式戦じゃなかったからどんな試合だと言うんですか」「私にとっては親善試合も公式戦も同じように大切だ」とオシム監督はいい、記者をたじろがせた。
   以前、J-CASTニュースでは「言葉尻とらえてばっか。年中揚げ足取りと嫌味ばっか言ってるの?この爺さん」などの「『オシム語録』にうんざり」と言った声がネット上であることを紹介した。しかし、オシム監督のこうした言葉は、実は彼がこれまで経験で培ったマスコミへの警戒感が生み出したものなのだ。

   オシムの語録と半生を綴った『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)を見るとそこにヒントがある。オシム監督がジェフ千葉の監督だったころの話である。

「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。(略)そうでないのか。新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」

「記事を読んだ人々が、扇動されることが怖い」

   オシム監督がユーゴスラビア代表の監督だった頃、メディアは政治に染まっていた。民族間の対立が深刻な連合国だった同国では、新聞記者が自民族の選手だけに注目し、ナショナリズムのプロパガンダに利用しようとしていた。オシム監督は同書で次のように述べている。

「記事自体は私にとってはプレッシャーでも何でもない。あいつらは書きたいことを書くだけだ。ただそれを読んだ人々が、扇動されることが怖い」

   日本代表はW杯ドイツ大会で散々マスコミに煽られたすえに、「1分2敗」で1次リーグを敗退している。オシム監督が繰り返す、日本の記者への鋭い切り返し。これは、彼の日本のマスコミ教育、といってもいいだろう。

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