金融機関が経営破綻すると、1,000万円を超える預金については、原則戻らなくなるペイオフ制度。その第1号の発動が迫っている。金融庁の五味廣文長官が異例の3期目続投となったのも、それへの備え。地域金融機関はそう信じているというのだ。
2005年4月にペイオフ制度が全面的に解禁となった。その後、銀行界はメガバンクから信用金庫・信用組合に至るまで、経営が破綻した例はない。
金利上昇で、不良債権問題再燃の恐れ
日銀の量的緩和とゼロ金利政策解除で、不良債権問題再燃か
しかし、解禁から1年が過ぎた06年4月には金融の量的緩和措置の解除を受けて、長期金利がジワリと上昇し始め、日銀は7月にゼロ金利政策を解除し、約6年ぶりに預金金利が付いた。
日銀は「景気回復が確かなものになった」と説明するが、地域経済の足取りは重い。取引先の多くを中小企業で占める地域金融機関にとっては、メガバンクの低金利攻勢が激しく、「金利の引き上げ交渉の難航も考えられる」(地方銀行の幹部)という。これでは、貸出金が増えても収益向上はおぼつかない。
金利上昇で、取引先である中小企業の資金繰りが再び悪化する懸念もある。不良債権の再燃だ。メガバンクほど処理が済んでいない地域金融機関では、いまだに不良債権比率が10%を超えるところが少なくない。20%超もめずらしくはない。
国債暴落を危惧する声も少なくない。国債の保有残高は少なくないが、信用金庫などの下位の業態ほど、国債価格の下落への備えは十分とはいえない。
金融庁の五味長官続投が憶測呼ぶ
地域金融機関にとって不安材料が山積するなか、金融庁の五味長官が3期目に入った。西原検査局長、佐藤監督局長も3年目を迎え、三國谷総務企画局長は2年目である。金融庁は「適材適所」を自賛するが、地域金融機関ではさまざまな憶測が飛んでいる。
目は「ペイオフ発動の第1号」である。05年秋には発動の可能性のある金融機関として、ある信用組合がうわさされた。自己資本比率が国内基準の4%ギリギリで、かつ不良債権比率が10%を超えていた。 しかし、この時点では「自己資本比率の4%基準をクリアしている以上、破綻認定には至らない」(金融庁の関係者)。
とはいえ、地域金融機関の健全性がメガバンクに比べて見劣ることは明らか。この4月には、大分県の第二地方銀行の豊和銀行が不良債権処理を進めた結果、自己資本比率で4%を割り込んでしまい、資本の脆弱ぶりを露呈してしまった。
金融機関は潰さない、潰れない、という印象を払拭する
06年度の金融環境はこれまでと大きく違う。ゼロ金利解除にともない、地域金融機関の経営が一気に悪化する可能性は、前述にあるように高まっている。
そうした状況の下で、地域金融機関では、経営統合や合併の動きは加速している。こうした中には救済色の強い組み合わせがないわけではない。つまり、経営破綻を回避し、ペイオフの発動を阻止するために合併という手段が使われているというわけだ。
一方、キャッシュカードの偽装問題やカネボウ、ホリエモン事件など企業の相次ぐ粉飾決算をきっかけに、金融庁は昨年来、投資家や預金者の保護に全力投球してきた。一連の法的整備を終え、今度は預金者らのモラルハザード、金融機関は潰さない、潰れないという印象を払拭する必要がある。その特効薬がペイオフであり、地域金融機関では、金融庁がその発動をちらつかせることで、「預金者らにも緊張感を植え付けようとしている」(大手信金の役員)とみているわけだ。
ある信用金庫の役員は、今回の金融庁人事について、「ペイオフ解禁の準備、そして解禁を実施した五味長官に、発動とその影響まで責任もって見届けてもらおうという思いが透けて見えます」と解説する。
「銀行ではインパクトが強すぎます。そうなると信用金庫や信用組合。でも、地域が狭くなるほど取り付け騒ぎも限定的で、どこまで影響があるのかは不透明です」(前出の信金役員)
そんな"実験"に都合のよい金融機関があるとも思えないが、「ペイオフの発動は間違いなくある」(メガバンクの関係者)との見方だけは一致している。