19歳の娘に性的暴力を働いて準強制性交罪に問われた父親に、名古屋地裁岡崎支部は3月(2019年)に無罪を言い渡した。娘は性行為に同意していなかったと認定したものの、「性交を拒めないほどの恐怖はなかった」と、抵抗能力はあったはずだというのが理由だった。「これはおかしい」「市民感覚とずれている」と、刑法改正を求める声があがっている。
この父親は娘に小学生のころから殴る蹴るの暴行を加え、中学2年生から性交を強いた。娘は「やめて」と服を押さえて拒んだが、高校卒業後に生活費や学費と返すように要求され、さらに追い詰められていった。
検察側は「父の立場を利用して、娘が抵抗できないことにつけ込んだ」と主張、弁護側は「娘は抵抗できない状態ではなかった」と反論し、抵抗能力の有無が争点になった。判決は、娘が弟や友人に相談し、一人暮らしを検討したことから、「父に逆らうことがまったくできなかった従属関係とはいいがたい」と解釈した。
実父から性的暴力を受けた経験を持つ山本潤さんは、「被害者にとって司法からあなたは被害者ではないと否定されたように感じる。すごく冷たい」と話す。検察側は控訴を決めた。
欧米では廃止された「抗拒不能」要件
性的暴力を有罪とするには、日本では被害者が同意していないことだけでなく、もう一つ「抗拒不能」が要件とされる。暴力や脅迫、酒や薬物、精神的支配で被害者が抵抗できない状態にされることだ。
名古屋市内の病院にある性暴力救援センターに過去3年間に寄せられた相談253件のうち、30%は父や祖父、会社の上司や就職内定先の幹部からの被害だ。片岡笑美子センター長は「無罪判決で、被害者が声をあげても無駄とあきらめる懸念があります。じゃあどうすれば有罪になるのと言いたい気持ちです」という。
これに対し、刑法改正の審議委員でもあった宮田桂子弁護士は、「刑罰を与えるにはまっ黒だと立証しないといけない」と灰色は無罪にすべきと話す。抗拒不能の要件はイギリス、カナダ、ドイツ、スウェーデンはすでになくしたが、宮田弁護士は「冤罪の恐れ」を指摘する。性的被害を訴える人が必ずしも事実を語るとは限らず、なかにはウソや相手を攻撃するために申告する可能性も否定しきれないというのだ。
山本さんは、性的暴力では父親や上司といった上下関係につけ込むことが多く「同意の有無とともに、相手と対等かそうでなかったかが重要」として、13日(2019年5月)に被害者団体として法務省に抗拒不能の要件撤廃を求める要望書を提出した。
この抗拒不能要件は、2017年の刑法改正でも残され、3年後をめどに再び議論をするというの付帯決議がつけられた。
一番近い身内だから抵抗できない
カウンセリングの専門家として被害者と接してきた長江美代子さんは、「いちばん近い身内にひどいことをされた人は、被害意識を切り離して生き延びようとするので、抵抗もできなくなります。もっと人間を知って(議論して)ほしい」と注文をつけた。
今年3月以降だけでも、無罪判決が続いている。テキーラで泥酔させられた20代女性が40代男性に性交された福岡地裁久留米支部判決では、女性が行為中に目を開けて声を出したとして、男性側が「許容されたと誤解した」と無罪になった(検察控訴)。静岡地裁浜松支部では、女性が抵抗していることが男性に伝わらなかったので無罪とした。
武田真一キャスターは「無罪判決が1件だからこれでいいと考えるのか、1件でもあってはいけないと考えるのか」と問題提起したが、1件だけの話ではすでにない。
*NHKクローズアップ現代+(2019年5月16日放送「"魂の殺人"性暴力・無罪判決の波紋」)