第二次世界大戦下、ニューヨークの社交界のトップ、マダム・フローレンスは、60歳を超えてもなおソプラノ歌手になる夢を追い続けていた。彼女の歌唱力には致命的な欠陥があるが、本人はそのことに気づいていない。愛する妻に夢を見続けさせるため、夫のシンクレアは彼女の莫大な財産を使ってマスコミを買収、若きピアニストのコズメを伴奏者として雇い、友人や信奉者だけを集めた小さなリサイタルを開催するなど献身的に立ち回る。
しかしある日、フローレンスはカーネギーホールでコンサートを開くと言い出した。しかもすでに復員兵1000人を無料で招待したというのだから、もう後には引けない。音楽のために一生を捧げたいと死をも辞さない彼女の挑戦に、シンクレアも一緒に夢をみることを決意する。
実在のソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスをメリル・ストリープが演じる
伝説の音痴といわれながらも、1945年に世界的オペラの殿堂、ニューヨークのカーネギーホールでコンサートを開き、今も同ホールのアーカイブの一番人気となっている実在のソプラノ歌手、フローレンス・フォスター・ジェンキンスをメリル・ストリープが演じた。夫のシンクレアをヒュー・グラント、フローレンスの音痴に戸惑いながらも次第に彼女に魅了されていくコズメをサイモン・ヘルバーグが好演。ちなみにピアノ演奏はヘルバーグ本人が弾いている。
今回も安定の演技力でさらりと音痴な歌手を見せてくれたメリルだが、もともとは歌が上手い彼女がここまで音程を外してオペラを歌うのはかなりの苦労があったことだろう。しかしメリルが「彼女(フローレンス)には最後にはちゃんと歌えるんじゃないかと期待を持たせる何かがあったのよ」と語るとおり、カーネギーホールでは歌い始めは復員兵たちに大笑いされ、ヤジを飛ばされるも、最後は拍手喝采を巻き起こす。そう、彼女は名声や自己満足のためではなく、音楽に対するピュアな思いと自分の歌に耳を傾けてくれる人々へのとめどない愛情が歌う原動力となっているのだ。それが聴いているうちに伝わるからこそ、彼女の歌声がいまなおアーカイブで一番人気であり続けているのだろう。
また、マダム・フローレンスを支え続けた夫のシンクレアは、一見、マダムにすべてを捧げた良き夫のようであるが、実のところは妻に内緒で若い愛人を作り、妻が家賃を払う家で愛人と二人で暮らしている。そのことをコズメから問われて「愛にはいろいろな形がある」と答えるシンクレア。しかしそれはとっさの逃げ文句なんかではなく、本心なのだということが終盤に差し掛かるとともに明らかになる。男と女にはやむにやまれぬ事情があり、いろいろな折り合いの付け方がある。コメディに終始することなく、夫婦の影の部分もきちんと描いたところも物語に深みが出ていてよかった。
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おススメ度☆☆☆☆