中国政府は今月(2016年1月)、37年間続けてきた人口抑制策「一人っ子政策」を廃止した。急速に進む少子高齢化と労働力人口の減少への対処だが、長年にわたって人工的に出産をコントロールしたツケは大きい。
「一人っ子政策」の導入は、鄧小平の決断だった。導入しなければ、中国の人口は今年で18億1000万人になっていた(現在13億7000万 人)。効果は歴然だが、招いたひずみは深刻で、解消の道が見えない。
人口700万人余の江蘇省南通市は「一人っ子政策」の模範都市だった。政府が住民の結婚から妊娠、地域の子供の数まで管理し、2人目以降は避妊手術や中絶の強要、隠れて生むと年収の何倍もの罰金だ。町にはいまだに「素晴らしい一人っ子政策 老後は政府が見る」というスローガンが残る。
その結果、60歳以上が人口の4分の1を占め、中国で最も少子高齢化が進んだ都市になった。800あった小学校はこの10年で半分以上が廃校となり、その校舎を利用している縫製工場の従業員(80人)の平均年齢は50歳だ。週1回開かれる求人相談会を訪れる若者がいない。採用担当者は「40歳以下が欲しいが、来るのはそれより上ばかり」という。
少子化望む若年層「自分も一人っ子」
かつて中国の人口構成は年齢が上ほど少ないというピラミッド型だったが、いま子供の数が極端に少ないいびつな形だ。働き盛りの年代が減り、65歳以上が増えていく。高齢化の度合いは30年前の日本で、2040年にはいまの日本のようになるという。
「一人っ子政策」の廃止で新生児が年間300万人以上増えると、政府は期待している。だが、若い人は2人目を生みたがらない。誰もがみな「一人っ子」で、親の愛と教育費を目いっぱい注がれて育った。3歳の息子を持つ上海の母親は「自分たちと同じように、体力と時間を一人に使いたい」という。人口問題の専門家は「出産は政策じゃなく、生活条件で決まる。ライフスタイルが変わって、多くの子を望まなくなった」と話す。大学進学率は25年で10倍である。
家を重視する中国では、男子が望まれる。女児の中絶や間引きが広く行われ、男女の比率が狂った。生涯にわたって結婚相手が見つからない男子が何千万人というレベルになるとみられている。
「運良く」配偶者に恵まれても、夫婦も一人っ子、子供も一人っ子。子が親の老後を見るという中国の伝統からいえば、将来はこの子供が両親と両親の親(祖父母)の計6人の面倒をみることになる。「4・2・1家庭」というが、どこもかしこも「4・2・1」だ。1人で支えきれるのか。不安は深刻だ。
一人っ子亡くした高齢者1000万世帯、戸籍ない子供1300万人
さらに、「失独者」と呼ぶ、不慮の事故などで子供を亡くした親の問題がある。いま全国で100万世帯といわれるが、将来は1000万世帯になるとみられている。政府は支援金支給や受け入れ施設の建設を進めているが、十分なはずがない。少子高齢化は社会保障の充実をさらに難しくする。
ひずみはまだあった。第二子を産んでしまった場合だ。北京市で取材した例では、年収の2倍430万円の罰金が払えなかったために、子供に戸籍が与えられず、本人証明のIDカードもない。法律上存在しない子だ。「黒孩子(ヘイハイズ)」と呼ぶ。2010年時点で1300万人といわれる。
IDカードがないと、汽車にも飛行機にも乗れず、病院にも行けない。進学も就職もできない。母親は「早く人間として扱ってほしい、今は影のような存在」という。7歳になる女の子は手書きのIDカードを作ったり、漫画の吹き出しに「1300万人の私たちに戸籍をください」と書いたりしていた。英語も口走るなど、恐ろしく利発な明るい子だった。それでも「黒孩子」である。
習近平主席は昨年(2015年)、「無戸籍をなくせ」と大号令をかけたが、罰金を払った人たちから「不公平だ」という声が上がって立ち往生だという。
「一人っ子政策」とは人類未曾有の実験である。天につばしたとでもいいたくなる。
ヤンヤン