和歌山・白浜町にある近畿大水産研究所はマダイを育てていた。昨年春(2014年)、受精卵をゲノム編集したマダイは、1年あまり経って普通のマダイの1.5倍の大きさになっていた。もともとは京大助教の木下政人さんのメダカの研究だ。
ミオスタチンという筋肉の働きを抑える遺伝子がある。これを働かなくすると大きく育つと想定したのだが、遺伝子を探し出すのは容易ではなかった。ところが、ゲノム編集を使ったら簡単にできた。
ヒトの細胞移植したサルで病気の再現や薬の効き目確認
生物の遺伝子は4種類の塩基でできている。塩基は特定のタンパク質などと結合する特性がある。「ゲノム編集」はこの特性の応用だ。目的の遺伝子と結びつくタンパク質を並べ、切断する物質を組み込んで細胞の中に入れると、目的の細胞を探し出して切断するのだ。
マダイは安全性などを確認して、3年後には市場に出したいという。農水産物では、他に収穫量の多いコメ、腐りにくいトマト、養殖しやすいマグロなどのプロジェクトが始まっている。
動物中央研究所はサルの一種コモンマーモセットを使って、受精卵のゲノム編集で免疫不全の子どもを誕生させていた。病気の再現や薬の効き目の確認に使う。これまでマウスしかなかったが、より人に近く、人の細胞を移植しても拒絶反応が起こりにくいという。人の細胞をサルにするとはびっくりである。
京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏は「基礎研究を続けて25年になりますが、これまで出会った一番画期的な技術です。可能性ではiPS細胞も足元にも及ばない」という。「20年前、ゲノム編集を学ぶためにアメリカにいったのですが、ひとつの編集に1年かかりました。それもマウスしかできなかった」
5年くらい前に突然出て来たゲノム編集は、どんな種類の動植物でもいける。短時間で成功率が高い。「しかも簡単。遺伝子工学の技術をもった人ならだれでもできます」
中国の学者が人の受精卵を使ったゲノム編集の結果を科学雑誌で公表して、「倫理上の問題」がいわれた。山中氏は「読みました。しっかりした研究です。人工授精で異常の出た受精卵を使って(だから赤ちゃんになることはない)、ゲノム編集の効率や目的外への変化などを調べた基礎研究です」という。倫理については、「世界の研究者は全員『新しい赤ちゃんはバツ』では一致しています。が、その先は基礎研究ならいい、いやダメだと真っ二つです」