平成24年の国の実態調査で、働きながら介護する人は291万人いて、うち6割が40~50代、その4割が男性だった。40代、50代は働き盛りだ。介護が仕事に響くとしたら、「日本の経済を揺るがしかねない」(評論家・樋口恵子氏)のは間違いない。
商社の丸紅は近ごろ転勤を望まない人が増えたため実態調査をした。結果は衝撃的だった。すでに介護をしている人が11%、2016年に介護に直面する可能性のある人が84%もいたのだ。「こんなに大きな数字とは。仕事に穴があく、経営に直結する」(人事部長)
広報部部長代理の田中郁也さん(52)は神戸に認知症の父親(85)がいる。一人息子で、妻は自分の親の介護で手一杯だ。これまで6か国に駐在したが、次の海外勤務は「当面は無理。親はいつまでも元気と錯覚していたが、現実をつきつけられた」という。
介護のための退職者は年間10万人
中西久雄さん(51)は運送会社の優良ドライバーだった。7年前に母親が倒れ、自宅で介護している。介護が始まったころに妻とは離婚している。姉も入院し ていて、中西さんが働けるため、老人ホームへの入居順位は低い。「オレの役割だ」と割り切り、デイサービス、訪問介護を利用したが、食事から排泄までの世話が必要になって会社を休むことも増えた。会社はさまざまに優遇してくれたが、申しわけなくなって自ら退職した。
いま自由になる時間は介護サービスがくる3時間だけ。新聞配達のアルバイトしかできず、母親の年金を入れても収入は月12万円にすぎない。3年前から生活保護を受けている。「母親のせいにはできない。そう思ったら顔に出る。母親にそんな顔できますか?」
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの矢島洋子・戦略室室長は「両立できないから退職という思い込む人は、サービスも使わずだれにも相談せず、抱え込むタイプが多い」という。こうして退職する人が年間10万人もいる。
介護支援制度は(1)介護休業1回93日(2)介護休暇年5日(3)短時間勤務などが柱だ。矢島さんによると、利用者は数%程度だという。一番多いのは年次有給休暇の利用で3割、何も利用しない人が5割もいる。「いまの制度は、家族に働いていない人がいることが前提になっていて、これが問題です」という。
利用者の仕事や都合に合わせる「小規模多機能型居宅介護」
新しいサービスを目指す動きもある。「小規模多機能型居宅介護」がそのひとつだ。ある共働きの夫婦は要介護の母親を残して朝8時に出勤する。午前9時半に介護施設の職員が迎えにくる。施設は食事と入浴をさせるが、他の施設と違って、家族の都合に合わせて柔軟な利用ができる。
たとえば、急に残業が入っても、電話1本で利用時間を延長できる。宿泊も可能で、ヘルパーの自宅訪問もできる。これらの組み合わせが24時間365 日可能なのだ。まさに理想だが課題もある。
国の報酬は要介護度によって違う。要介護度が低い人が多いと報酬も少なくなる。施設の運営者は「要介護度が低くてもかかる人手は同じ。人件費 が6割ですから」という。施設の半数が赤字なのだ。
他に、サービスの使い方を工夫して両立を目指す試みもある。ケアマネージャーの石山麗子さんは、「いまの制度は高齢者本人の支援が原則で、介護者のケアが不十分。家族も含めて支援しないといけない」という。石山さんは介護者に入念な介護プランを作るよう指導している。
大介護時代を前に、2015年には育児・介護休業法の見直しがある。矢島さんは、「1回3か月となっている休業を、必要な時に分割してとれるようにする必要があります。介護者も知識をもたないと」という。
いま50歳の人の親は大方75歳~80歳。やがてだれもが直面する現実は、何十年も前からわかっていたことではないか。足し算と引き算も満足にできない役人と近視眼の政治家をもった不幸。「倍返しだ」と怒鳴りたくなる。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2013年10月24日放送「どうする介護離職~職場を襲う『大介護時代』~」)