週刊朝日編集長に問いたい!抗議受けて立つ覚悟と論理ないままの掲載だったのか…
「本誌10月26日号の緊急連載『ハシシタ 奴の本性』で、同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました。タイトルも適切ではありませんでした。このため、18日におわびのコメントを発表し、19日に連載の中止を決めました。橋下徹・大阪市長をはじめ、多くのみなさまにご不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことを心よりおわびします。(中略)
この記事を掲載した全責任は編集部にあります。記事の作成にあたっては、表現方法や内容などについて、編集部での検討だけではなく、社内の関係部署のチェック、指摘も受けながら進めました。しかし、最終的に、私の判断で第1回の記事を決定しました。(中略)
今回の反省を踏まえ、編集部として、記事チェックのあり方を見直します。さらに、社として、今回の企画立案や記事作成の経緯などについて、徹底的に検証を進めます」
これは「週刊朝日」が今週号の巻頭で2ページにわたって掲載したおわびである。前号が出た後、橋下徹大阪市長が怒り狂って朝日新聞社批判をしたため、河畠大四編集長がおわびを発表し、今号に長々とおわびを載せたのだ。
連載記事で橋下の父親の出身地を明記し、そこには被差別部落があると書いたことが「差別を助長する」と難じられたのだが、当然ながら、橋下が批判してくることは予想されたことである。もっといえば、この連載を佐野眞一に頼んだ時点で、どういうものになるか編集長は予想できたはずだ。それゆえ、連載のタイトルも「橋下」ではなく「ハシシタ」にし、リードにも「血脈をたどる取材を始めた」と書いたのではないのか。それが、想定通り橋下が攻撃してきたとたん謝ってしまうというのは、私には理解できない。
私は被差別地域を明記したことをよしとするものではない。差別問題には、メディアに携わる人間は最大の関心と細心の注意を払うべきだと思っている。この連載の中で、具体的な地名まであげる必要があったのか、読んでみて疑問が残ったのは事実である。だが、編集長も筆者も、そうしなければいけないという確固たる意識があったからこそ、わざわざ明記したのではないのか。
再び「言論の覚悟」といわせていただく。河畠編集長にはその覚悟もなく原稿を依頼し、内容をチェックし(おわび文中には、社内の関係部署のチェックを受けたともある)、タイトルを付けたというのだろうか。橋下の批判に対して受けて立つ論理を編集部側が構築していなかったというのでは、言論機関としての体をなさないといわれても仕方あるまい。
「朝日の検証済むまで表だってコメント出すのは控える」(佐野眞一)
筆者の佐野眞一とはきのう(2012年10月24日)電話で話した。朝日新聞の第三者機関「報道と人権委員会」がこの問題を検証する。それに1か月ぐらいはかかるだろうから、それまでは表立ってコメントを出すのは控えているそうだ。
他の出版社から続きの連載をうちでやらないかと殺到しているようだ。週刊朝日編集部とは相当なやり取りがあったそうだ。朝日の記事チェック体制があの程度だったのかと、佐野本人も驚いたようである。
橋下があれほど敏感に反応したのは、「サンデー毎日」も書いているが、「連載は今後これまであまり触れられてこなかった氏の母親について詳細に書かれる予定だった」からであろう。この問題は、週刊誌全体のものであることはもちろんだが、ノンフィクションの根幹に関わる問題でもある。これからも折に触れて書いていきたい。
「野田首相には端から原発ゼロなんて頭なかった」政府ブレーン・田坂広志教授が内部告発
「週刊ポスト」の「決意の内部告発!『原発ゼロ』はこうして潰された」は注目である。野田政権が示した「原発ゼロ」方針は国家的詐術だと、ジャーナリストの長谷川幸洋が政府の脱原発路線を支えてきた最高ブレーン・田坂広志・多摩大学大学院教授にインタビューしている。
長谷川は、野田政権が決めた「2030年代原発ゼロ」という方針は実はゼロではなく、「30年に原発依存度15%」なのだと指摘する。
<長谷川「私は『政府の30年代ゼロ案は、30年15%案だ』と見ている。この理解は正しいか」
田坂「(中略)『ゼロ案のデータは実質15%案のもの』という指摘は鋭い指摘と思います」
長谷川「私は『39年ゼロ』も実はないだろうと読む。この理解は間違いか」
田坂「これも残念ながら、『戦略』の表現は、『コミットメント』(公約)ではなく、あくまでも『ベストの努力をする』という主旨に抑えてある。それは『綱引き』の結果生まれてきた文章だからです」>
田坂がいうには、原発を何とか残したいという側とゼロにするという人たちの意見を合わせて修正した妥協の「霞ヶ関文学」だという。また、経産省も資源エネルギー庁の官僚も、一番こだわったのは「原発維持の可能性を残す」という点だったと話す。それは財界、原発立地自治体も同じだ。端からゼロなんて選択肢はなかったのだろう。
田坂は「『脱原発依存』に向けた12の政策パッケージの宣言」を出している。その意図をこう語る。「脱原発に向かう場合、『地元の経済は破綻する』との疑問には、『脱原発交付金』の政策を示す。『原子力技術者がいなくなる』との疑問には、『原子力環境安全産業』(廃炉・解体など)の政策を示す。こうした諸政策をパッケージで示さないかぎり、必ず矛盾が出てきます」
廃炉がビジネスになるかという長谷川の疑問には、「廃炉や放射性廃棄物処理などは、脱原発に向かうために絶対必要な産業です。さらに、我が国は、ベトナムや韓国、中国なども視野に入れ、国家戦略として、この産業を国際的な産業に育てるべきでしょう」と話している。
田坂は「脱原発は選択の問題ではなく不可避の現実」だとし、活断層がないところでも地震の可能性があり、地下水によって高レベル放射性廃棄物がどう運ばれるか分からないこの国では、放射性廃棄物や使用済み核燃料の最終処分はできないと断言する。
「この最終処分の問題は非常に重い課題となって、次の政権にものしかかってきます。近く行われる総選挙では、本当は、『原発ゼロ社会をめざすか否か』が争点ではない。『不可避的に到来する原発ゼロ社会に、どう準備するか』こそが本当の争点になるべきなのです」
先週、園子温監督の映画「希望の国」を観た。大地震で原発事故が起こり、家族が離れ離れになる悲劇描いた佳作である。酪農家の老夫婦を夏八木勲と大谷直子が熱演している。これを見ていて、東日本大震災が起き、福島第一原発が爆発したのがわずか1年半ぐらい前だということに改めて気付き、愕然とする。
「週刊現代」の「世界最低最悪のビジネス現場から 日本人いじめ ここまでやるか中国」を読んで、たしかに日中、日韓問題は大きいが、それより日本人が今すぐ熟議し尽くさなくてはいけないのは、地震大国日本で原発をどうするのかということである。「国家戦略として、この産業(廃炉や放射性廃棄物処理)を国際的な産業に育てるべき」という考えは正しいと、私も思う。
ソニー御曹司・盛田英夫「資産2000億円」使い果たしの放蕩人生
地味な扱いだが、週刊現代の「資産2000億円を使い果たした男 ソニー創業者御曹司盛田英夫の『カネの使いかた』」がおもしろい。盛田昭夫はソニー創業者にして立志伝の人物である。大分前になるが、私が六本木の中国飯店に上海ガニを食べに入ったとき、店から出てくる盛田とすれ違った。簡単な挨拶を交わしただけだったが、その翌日、彼は脳出血で倒れてしまった。資産管理会社を通じて継承されたソニー株は、一時その資産価値が2000億円を突破するまでに膨れ上がったが、その株はその後、一族の手から離れることになる。
この物語の主人公は昭夫の長男・英夫(60)である。先頃、東京国立近代美術館がスペインのホアン・ミロの絵画を買い取るという公告が官報に載った。売り主は昭夫の未亡人・良子。これまでも何点かの絵が売却されているという。神奈川県芦ノ湖にある一族の別荘の一角を占める英夫名義の土地が東京国税局に差し押さえられるのを回避するため、老いた母親が助けたのだそうだ。督促されている税金債務の額は26億5553万円という。
英夫は英国留学を終え、芦屋大学を卒業してCBSソニーに入社し、翌年にはソニー本体に移っている。在籍したのはわずか2年余り。注目を集めたのは女優の岡崎友紀と結婚、すぐに離婚したぐらいである。英夫の落ち着いた先は盛田家の家業である清酒や醤油などを製造する会社だったが、英夫にはソニー株という十分すぎる軍資金があった。
自家用飛行機で全国を移動し、ビジネスジェットでハワイやパラオに飛びながら、スキー好きの英夫は新潟県妙高市での大規模スキー場の経営に手を出す。だがバブルが弾けてすぐ経営危機になり、231億円を拠出する。
次はF1レース。日本語が堪能なスイス在住の元プライベートバンカーの口車に乗せられて、オランダを拠点にフランス、ルクセンブルク、英国に次々F1参戦のための会社を設立するが、結局、資金に行き詰まり頓挫した。この損失が約230億円だそうだ。そして、国税がこのF1費用を会社から英夫個人への寄付金にあたるとの見解を示し、2か月後に56億円もの申告漏れに問われる。このようにして巨額の資産はほとんど失われてしまったのだ。私のような貧乏人からは想像もできない蕩尽ぶりである。
少し前にギャンブルなどで負けた金を埋めるために、子会社7社から合計85億8000万円を不正に借り入れ、特別背任で逮捕・有罪判決を受けた大王製紙の前会長で大王製紙創業家3代目の井川意高が可愛く見えてくるぐらいスケールが大きい。ソニー凋落の元凶はここにもあったようだ。