人生はそんなにドラマティックなものでもない。そんな日常生活を丁寧に描いていく。それが今年トニー賞で8部門を制したミュージカル「ONCE」だ。2007年に公開されアカデミー歌曲賞をはじめ数々の賞を受賞し、当時話題になった音楽映画「ONCE ダブリンの街角で」をミュージカル化したものである。
もどかしくなるほど控えめなラブストーリー
殺人事件が起きるわけでも、大恋愛に落ちるわけでもない。映画を見た時は、淡々とすすんでいく物語にウトウトしてしまったこともあり、どうドラマティックに舞台で見せるのかが気になっていた。でも感動の涙。ラストシーン、目の前で繰り広げられる俳優の熱演に思わず涙が出てしまった。映画ではふ~んってぐらいにしか思わなかったのに。
ストーリーは、オンボロギターをかきならすしがないストリートミュージシャンの男とチェコ移民の女を巡って繰り広げられる。男の才能に気付いた女が、少々強引に一緒にセッションをしたり、レコード会社に売り込もうとアシストしていく。それを疎ましく思っていた男も、次第に惹かれていくのだが、女には幼い子供とチェコに残してきた夫がいた。お互い淡い恋心を抱きながらも、決め手となるひと押しができない。なんとか金を工面してデモ音源をレコーディング。そしてでき上がったものを手に、男はふるさとを後にする。
たしかにラブストーリー。だけど見ているほうが「もう少し積極的になれば」「あ~、イライラする」ともどかしい気持ちにさせられるほど、劇的な展開が待っているわけではない。けれど、そこで熱愛を繰り広げられたら、よくあるハリウッドものの感動ラブストーリーになっていたかもしれない。控えめな物語。抑えた表現がストーリーに現実味を帯びさせているのだが、見事にミュージカルでもその手法が功を奏していた。
観客に想像力働かさせて引き込んでいく演出の巧み
過剰な演出はいっさいなし。それがこのミュージカル最大の武器でもある。ドラマティックな舞台に食傷気味な観客に見せたかったのは、登場人物と役者の心のひだだ。舞台のセットチェンジはなく、ひたすら1つのセットで全てのシーンを表現してくのがすごい。そのうえ驚いたのは説明台詞がないということ。場面が変わらないので、どうしても台詞で説明してしまいがちなのだが、それもナシ。机やいすの小道具は出てくるものの、演技が始まるとそこが銀行や路上、レコーディングスタジオや居間の設定になるのだ。
翻って、我が日本のテレビはどうか! 映像を見ればわかるのに説明する過剰なナレーションに、画面を覆い尽くして煽る大きなテロップ。テレビと舞台は全く別物だけれど、いかに視覚表現に飼いならされていたか再確認してしまう。
この観客に想像力を働かせて物語に引き込ませていく最大のポイントは、やはりなんといっても俳優の演技力。ちなみにこのミュージカル版「ONCE」はオーケストラはなく、俳優陣がすべて楽器を操り劇伴を演奏している。ギターにバイオリン、チェロ、マンドリン、ドラム、ピアノを演奏しながら芝居をするのには、舌を巻いてしまった。小道具を移動させるのも全て俳優陣。足にちいさな車輪をつけたピアノを演奏しながら、舞台袖にはけていくなど、あらゆるシーンで会場からは拍手が起こっていた。最後はしっとりと俳優が歌いあげて終わる。シンプルながらも俳優陣の技量と制作サイドのアイディア勝ちの作品。新しい舞台のありかたを提示したことでも、トニー賞最多受賞に輝いた理由かもしれない。今回の滞在で、やはり一番の出来と感じた舞台だった。
モジョっこ