町を歩けばケータイ、ケータイ……信号待ちでも歩きながらでも、自転車に乗ってまでやっている。なかで いま、差し迫った危険がいわれるのが駅のホームだ。人との衝突だけでなく、線路に転落する事故も起きている。
大阪の地下鉄で女性が、東京・原宿では小学生が、私鉄駅で高校生が、ホームを歩きながらメールやゲームをしていて線路に落ちた。幸いいずれも電車は来なかったが、小さな画面に引きつけられる危険はたしかに大きい。
スマホで増えた「画面から目が離せない」
ケータイ事故にもっとも危険を感じているのが視覚障害者だ。「杖を蹴られた」「真正面からぶつかられた」「ロボットとぶつかったような」「われわれはよけてくれることを期待しているのに」という。相手はみなケータイ人間だ。
笹原稔さん(65)は弱視なので少し見える。ホームで前をゆっくり歩いていた人をよけようとして線路に落ち肋骨を折った。
「突然止まったんですよ」
ケータイ画面を見ている人がしばしばやる行動だ。筑波大の徳田克己教授は「画面の読み歩きはゆっくり歩くので流れの邪魔になる。そしてメールが入ったり返信するために突然止まる。で、後ろから追突する」と話す。
高機能携帯はGPS・地図、ツイッター、ワンセグ、送受信、ゲームと使い方も多彩だ。博報堂の研究所によると、スマートフォンが普及した昨年(2010年)から、パソコンの使用時間が減り、その分を移動しながらスマホで消化するのが常態になっているという。
研究所がスマホ・ユーザーの1日を映像で追っていた。35歳の営業マンは寝床から起き出すなり携帯だ。情報とニュースを確認し、得意先へのルートも検索。電車のなかでも情報収集。ヒマができるとマージャンゲーム。30代の女性会社員は朝のツイッターから1日が始まる。次々と反応が入って、時に数百件ということもあるそうだ。新しい書き込みが気になるからと、ビニール袋に入れて風呂の中でもやっていた。いやはや。
「ぶつかられた」70歳以上47%、子ども連れ42%
ではどれほど危険なのか。愛知工大の小塚一宏教授が特殊なアイカメラを使って実験した。学生が装着して駅のホームを歩く。観光パンフを見ながらだと、歩きながらでもチラチラと前を確かめている。パンフの情報は変わらないからだ。ところが、スマホになったとたん、視線は小さな画面にくぎ付けになる。「情報が更新されていくので目が離せない」と学生。母親に手をひかれた小さな子どもが脇を追い越したが、まったく見えなかったという。「怖いなぁと思いました」
徳田教授のアンケートでは、「ぶつかられた」ことがあるのは70歳以上で47%、子ども連れの母親で42%だった。とっさによけられない障害者や子ども、お年寄りが危険にさらされていることがわかる。
京都大学霊長類研究所の正高信男教授は「遠くの人とつながっていると、目の前の空間意識がなくなる」という。たとえば、電車で読書をしていると目の前の人との間にバリアが張れる。 ウォークマンもそれで、いまスマホになった。他人と顔をつき合わせる緊張から解放されるのだという。
たかがケータイ、されどケータイ。それで生活が豊かになってはいるのだろうが、画面を見つめてもの言わぬ人の群はやはり異様だ。正高教授も「道具ですから、人間が使われちゃいけない」と話す。
やがては気がつくのだろうが、それまでにケガをしたり電車にはねられては、元も子もない。
ヤンヤン