渋谷円山町の裏通り。どこか安っぽい隠微さがあるこの町。節電営業する店が増え、闇にひっそりと浮かび上がるネオンなど、表の社会と裏の社会の橋渡し役に貢献しているような、人間の多面性を象徴させている印象すら覚える。
仕事帰り歩いていると、通りすがりの人の電話応対の声が聞こえてきた。「貧乏人なんかに金貸して、バカやろう!」と怒声が響く。思わず周囲の人が振り返る。場所柄、さまざまな人が行きかう街ではあるが、夜の仕事か闇の仕事か、そんな雰囲気の人も多い。振り返ったその人は、このご時世にセカンドバックを持ちダブルのスーツで身を固め、白髪が目立つ坊主頭をした中年のおじさんだった。
特殊世界のサラリーマンであろうその人は、決してトップに君臨している立場ではないだろう雰囲気が漂っていた。チンピラの成れの果てですと全身からアピールしているように見えるそのおじさんは、電話口の相手に罵声を浴びせ続けながら、渋谷の狭い坂道を大義そうに登って行った。
気づかないうちに染まる共通点
別に制服があるわけでもない。だが、人は就いた職業によって人相や雰囲気などは変わってくる。同じ仕事をしている仲間と四六時中一緒にいるから、どうしても同じ様相になってくる私達。放送業界で言えば、女性作家はたいていが「ワンピースってなんだったっけ?ワタシ女子捨てました」バージョンが多い。ときたま「10代から30代までずっと赤文字系雑誌を読んできましたっ!」バージョンもいたりするけれど、お互いが無関心を装っている場合も多いから、いざ酒を酌み交わしたりすると意外な共通点に驚いたりする。
「好きな単語はビストロ」と言わんばかりに噂になっているレストランなどはたいてい知っているという食道楽。もしくはオタク文化にめっぽう強く、見かけのキラキラ感とは裏腹に、80年代アイドルトークで盛り上がる時間が至福のひとときという女性陣も少なくない。興味への偏愛度は大なり小なりだが、一般的な女子会ではあまり聞けないような話が飛び出してくる確率は非常に高い。放送業界に身を置きつつ、ストレスの発散方法が共通してきているのだ。
天ぷらと並ぶ蕎麦界のセレブリティー
そんなことを考えている時に、蕎麦屋でアルバイトをしている友人から面白い話を聞いた。芸能人は必ず蕎麦屋で鴨南蛮か鴨せいろを頼むという法則があるらしい。まさかと思いつつ蕎麦屋に行ってみたときのこと。三軒茶屋にあるその蕎麦屋で、私は芸能人でもなんでもないので辛み大根せいろに舌鼓をうっていた。しばらくして、人気若手俳優が事務所の社長らしき年配の女性と一緒に入店してきた。狭い店内、彼らが注文する声が聞こえた。
「鴨南蛮と鴨せいろをお願いします」
ビンゴ!啜っていた蕎麦を思わず噴き出しそうになってしまった。鴨南蛮は天ぷら蕎麦、天ぷらせいろと肩を並べる蕎麦界のセレブリティー的代表である。値段が高いから、注文するときに、どうしようかな~と1度は躊躇してしまう存在である。別に芸能人だから値段の高いものを食べているわけではないだろう。だが、蕎麦屋でアルバイトをしている彼女は、一品料理を頼みつつも、たいていは鴨南蛮を頼んでいると断言していている。あながち間違いではないのだろう。
帰属する社会によって人はいかようにでも変わっていく。連休で仕事から離れる時期が長い。その分、一度自分の個性のいくつかは働く環境の個性からきているのかもと考えてみるのも、面白いかもしれない。
モジョっこ