私の友人たちの話から浮かび上がる、政治と被災者たちとの問題意識の乖離について少し書いてみたい。
友人Aは高齢者を孤独死させないために、独自の「緊急通報システム」を開発して各自治体に供給している中堅企業の社長である。彼のところに、元自民党代議士Bから連絡が入った。福島県で放射能を測定するガイガーカウンターが不足しているので、50台ほど何とかならないかという要請である。
Aは八方手を尽くし、カウンターはもとより、それを住民に表示できるシステムを幾夜も徹夜して作り上げ、そのことを弁護士のCに話した。Cは世田谷のボンティア団体の責任者も務め、福島原発に近いある市とも縁が深い。今はその市の多くが避難している福島県内の避難所で、ボンティアや看護師たちを連れて行って活動している。話を聞いたCがAに、そんなことは止めるべきだと、こういったのだ。
政治家は原発周辺の住民たちが何に苦しめられているか何もわかってはいない。いま一番深刻なのは、福島県の中で公然と差別が行われていることなのだ。避難してきた住民に、受け入れ先の市の人間たちが「放射能をまき散らすな」「放射能汚染された子供とは遊んではいけない」とひそひそと、ときには公然といい合っているというのだ。
Aからその話を聞いて、私も止めたほうがいいのではと言った。Bは市の役所や警察にそのカウンターを配布したいと話したそうだ。福島の県内でカウンターをもった役人や警察官がウロウロする姿は、さらなる風評被害を生むことになろう。原発事故の愚かさに加えて、差別と被差別を増長する愚を重ねてはいけない。
こうしたことが起きてしまうのも、政府が情報を一元化して公開し、断固とした対応を示さないために、日本中が疑心暗鬼になっているからである。スリーマイル島原発事故の時は、発表する担当者を一人に決め、彼は事故現場のすぐ近くで寝起きをして、日々の状況を報告したそうだ。東電を除いては、枝野も保安院も、原子力委員会の人間も、安全なところに籠もって真偽の定かでない数字などを読み上げるだけである。これでは信用してくれというほうが無理だ。
今週の「週刊新潮」に、安売り旅行会社H.I.S.が「海外での避難生活」ツアーを売り出したことを取り上げられている。ソウル25日間3万5000円、ハワイ23日間6万円、トルコ30日間5万円(食事はなし)だそうである。ただし対象者は東北6県と茨城県の被災者に限る。H.I.S.はこれをもって被災地を回ってみるがいい。明日の食料や水さえも事欠く被災者に殴られるのがおちである。この国の人々の想像力の劣化を示す話である。
「週刊現代」恐怖路線が売れているけど…
上智大学の某教授からメールが来た。今週号の「週刊現代」が売り切れて手に入らないので、何とかしてくれないかというのだ。全般に週刊誌の売れ行きはいい。フライデーも震災後に出した号が久しぶりにほぼ完売したと聞いた。
ちなみに、現代の表紙を拾ってみる。「溶け出した福島原発『第3の恐怖』」「想定される『最悪の事態』」「大特集 放射能汚染列島の虚実 封印された『人体への影響について』」と恐怖のオンパレードである。
「週刊ポスト」の大見出しは「ただ徒に『不安』と『差別』を煽る人々」。「週刊朝日」は「福島原発のデスロード」とあるものの、題字の上の大見出しは「全国2818高校最終決定版 東大・京大・早慶など全146大学」とある。こうした日本列島全員うつ状態のとき、こうした脳天気なタイトルを見ると、私などは正直ホットするが、売れるのは現代のほうであろう。
現代は初っぱなから、福島原発の基本設計をした米GE社の元設計士・菊地洋一氏にこう言わせている。
「同じ原子炉なのに、壊れ方がほかとまったく違う。3号機だけ熱でグニャグニャに曲がっているでしょう。アメ状に折れ曲がっている。これは、明らかに水素爆発ではありません。(中略)水素爆発では、ここまでの事態にはならない。何かもっと重大な事態が起き、それがいまだに報告されていないか、誰も正確に事実を把握していないのでしょう」
この特集は延々続き、こんなコメントもある。米原子力エンジニアでスリーマイル島原発事故の復旧を手がけたアーノルド・ガンダーソン氏は、今回、原発の冷却に成功したとしても、最悪の場合、「福島原発の周囲80km圏内が、居住不可能になるでしょう」。そして地の文でこう続ける。
「半径80kmといえば、福島県の半分が含まれる。もやは行政区としての福島県が今後維持できるのかどうかも、難しい事態になりかねない」
放射能デマより深刻な「自粛不況」
東日本大震災から1か月近くが経とうとしているが、週刊誌には2つの流れが出てきている。現代のように、原発事故を深刻で悲観的に見る流れと、軽んじてはいけないが、あまり深刻になって「自粛不況」をさらに深めてはいけないというスタンスのポストや新潮だ。
ポストは先に触れたように、放射能差別を起こしてはいけないとして、新聞や一部の週刊誌などのように、これでもかと最悪の事態を予測してみせるのは、科学的根拠を無視した、あるいは理解の浅い記者が「結果ありき」で書いたものだと断じる。そして、福島原発ではすでに部分的なメルトダウンが起きているが、それはすぐに再臨界につながるものではない。
ネット上でも多くの流言飛語が飛び交っているが、原発が多い「福島や、新潟、福井などで先天性異常や白血病、がんの発生率が特に高いというデータは、いかなる調査・研究でも全く見られない」と明言する。
また、「福島県いわき市は通常の数倍から数十倍の放射線量が観測されているが、この値がずっと続いたとしても、年間被曝量は5~6ミリシーベルトである。世界にはいくらでもある自然放射線と同じレベルだ。(中略)いずれもトラックやタクシーで福島県内に入ることが危険なレベルではない」と続け、「放射線汚染の広がりより、放射能デマの広がりのほうが深刻さを増している」と結んでいるが、頷ける主張である。
新潮は「あなたが子供だった時、東京の『放射能』は1万倍!」で、米ソが挙って大気圏内核実験をしていた時代に、「凄かったのは60年代前半で、日本人の体内セシウム137の量が大幅に増えたことも確認されています」(神戸市立工業高専の一瀬昌嗣准教授)と、私の若い頃さかんにいわれた、黒い雨に気をつけろというキャンペーンを思い出させてくれた。
また、「私がこれまで原水爆実験国を調査してきた結果、日本に一番悪影響を及ぼしたのは、東京オリンピックから文化大革命にかけて中国で行われた核実験です」(札幌医科大学高田純教授)。その中国が日本の放射能による汚染に怯えている。
麻生幾「遺体収容の自衛隊員PTSD心配」
紙数が尽きてきたから簡単に書くが、被災地で瓦礫の除去や遺体収容作業に当たっている自衛隊の活動ぶりには頭が下がるが、心配なことがある。「週刊文春」で麻生幾氏が書いているが、遺体収容、中でも自分の子供と同じぐらいの幼児たちの遺体を発見するたびに受ける強いショックで、PTSD(心的外傷後ストレス)を発症する隊員が激増しているし、これからも増えるという問題である。
弱音を吐くことは女々しいことだと教えられてきた彼らは、悩みを同僚や上司に話すことができず、ひとり悶々として精神に異常を来す者も少なくないという。一般企業の会社員に比べて自殺者が多いのも自衛隊である。
自衛隊員の心のケアにも国の手厚い配慮が必要になる。しかし、「使用済み菅燃料」と揶揄される彼に、それを望むのは無理な気がする。