昨年夏、1人の若者が自らの命を絶った。上野將人さん23歳。だが、写真を見るとまだ少年のように見える。幼い頃の小児がん治療の影響で、身長が伸びなかったのだ。残されたパソコンには、「不公平だ。ボクのせいじゃないのに」とあった。
子どもの死因で一番多いのが小児がんだ。白血病、脳腫瘍、リンパ腫など、かつては不治の病だったが、治療法の進歩でいま10万人が克服している。しかし、その半分が何らかの障害や後遺症に苦しんでいるという。抗がん剤などの影響が成長とともに現れるのだ。「晩期合併症」という。
「晩期合併症」で低身長や骨粗鬆症
將人さんは1歳のとき神経芽腫と診断された。神経のがんの一種だ。当時は2人に1人は死ぬとされ、強い抗がん剤が使われた。5年後、医師から完治したと告げられた。小学生時代の活発な男の子の映像が残る。高学年になって異常が出た。身長が伸びないのだ。同級生と並んだ写真で、將人さんの頭は同級生の胸のあたりまでしかない。本人も親も治療の影響だとは思わなかった。
国が晩期合併症の追跡調査をしたのは昨年が初めてである。年齢と治療内容によって、ホルモン異常からくる低身長や不妊、二次のがん、骨粗鬆症など症状も様々だが、調査では女性の50%、男性の64%に晩期合併症があった。10年、20年前に治療した医師たちにも想像できないことだった。
將人さんは専門学校を出たが、少年のような外見にアルバイトすらみつからなかった。そこでお笑い芸人へと踏み出す。低い身長は武器になる。18歳で養成所に入ったが、19歳のとき白血病を発症する。骨髄移植で克服するが、 副作用に苦しみ、お笑いの道を断念した。
遺書には「これ以上家族に負担をかけたくない」とあった。父親は涙で「生まれてきてよかった」という。必要なのは継続してケアしてくれる医療体制だったのだが、国の専門委員会の初会合はやっと先月(2011年1月)開かれたところだ。將人さんが知らずに背負っていた代償は大きかった。
英国はがん登録制度で長期ケア
元国立がんセンター総長の垣添忠生さんは「晩期合併症が起こる可能性をはっきり伝え、ケアする必要がある。数が少ないから、集約化して専門的な対応をすることだ」という。
その実例が、10年以上前から実施しているイギリスだ。中部の拠点病院「バーミンガム小児病院」では、地域の小児がんのこどもを集めている。治療が終わると晩期合併症のリスクをきちんと伝え、長期フォローアップに入る。これを可能にしているのががん登録制度だ。
治療を受けた1370万人のデータと定期検診によってリスクを予測し、個々の患者に合った長期のケアができる。「子どもたちが自分らしく生きられるように国が支えるべきだ」と医師は言う。
ある若い女性の話がよかった。小児白血病の治療の合併症で低身長のうえ、17歳で脳腫瘍を発症した。しかし、フォローアップのお陰で早期発見・治療に成功。今月から看護師として小児病院で働く。
「やりたいことができて幸せです」
がん登録は日本では可能だろうか。垣添さんは「がんの現状把握・対策に重要だが、個人情報保護法がかべになっている。個人情報は秘匿して、がんの情報は集めるようにすべきです」と話す。
医療の技術では日本は最先端だと思っていたが、哲学の構築では10年以上の遅れがあるとは驚いた。自殺した青年が本当に痛ましい。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2011年1月31日放送「小児がん 新たなリスク」)