<テレビウォッチ>何も飾らず、何も置かない。頑固なまでにシンプルでミニマル指向だった番組セットが変貌していた。濃い青色をテーマに使い、背景には写真を飾り、机の上には小物類がちらほら。これ見よがしに並ぶのは小説である。「羊をめぐる冒険」に「ダンス・ダンス・ダンス」、1番手前には「1Q84」の上下巻――。
言うまでもなく、それらの小説の著者は村上春樹であり、今回の放送タイトルは「村上春樹 『物語』の力」である。「1Q84」がなんで大ヒットしたのか分析する大勢の輪のなかに、クローズアップ現代も遅ればせながら加わろうというわけだ。
システムや社会の問題に正面から
わかりやすい説明としては、発売まで内容が一切伏せられていたことで逆に多くの人が興味をかき立てられたという、一種のマーケティング効果が挙げられる。ただし、ゲスト出演したブック・コメンテーターの松田哲夫によれば、それは戦略的な狙いではなく、「事前に内容がわかるのはイヤだ」といった読者の意見などを尊重した村上が「フレッシュに作品にふれてほしい」と希望した結果、そのような措置が取られたのだという。
売れ行きに1番影響力があったのは、エルサレム賞でのスピーチではないか、と松田は分析する。「イスラエル批判をも含めたメッセージをきちっと言った。日本の政治家も海外に行ってきちんとしたメッセージを伝えられない時代に、それはカッコよく映ったんじゃないか」
ではどういう小説なのか、と話は進む(ちなみに筆者も未読である)。番組による解説をまとめると、もともと『システム』から遊離的な人間を好んで取り上げていた村上だが、地下鉄サリンなどオウム真理教の事件でオウムというシステムに人が取り込まれてしまったのに衝撃を受け、システムや社会の問題に、自覚的に正面から取り組むようになった。
以後15年間、それらの問題に対して、小説家としてなにができるのかと追い求めてきたという。「1Q84」もその流れのなかにあり、「村上さんが出したひとつの答えと見られている」(国谷裕子キャスター)。
「売れた理由」と違って、少々わかりづらい。しかも、じつはエンタメ性が高く、読者が「自分のなかでさらに物語を醸成していく」(松田)ことになるそうだから、どうにも難しい話である。
ボンド柳生
*NHKクローズアップ現代(2009年7月14日放送)