(C)2009『ニセ札』製作委員会
<ニセ札>(上)お笑い芸人、放送作家、俳優などさまざまな顔を持つキム兄こと木村祐一監督の初長編作品。
戦後の混乱が続く昭和20年代、貧しい村の小学校で教頭を務めるかげ子(倍賞美津子)は、元教え子の大津(板倉俊之)から偽札作りを持ちかけられる。初めは反対していたかげ子だったが、知的障害者の息子の存在や村の実情、名士戸浦の説得により腹を括る。やがてその作戦はさまざまな人々を巻き込み、村をあげての一大プロジェクトになっていく。
この映画で描かれている偽札作りからは、多少なりとも人情味が感じられる。それは戦後の混乱期の貧しい村を舞台にしているからだろう。かげ子が勤める小学校の本棚はスカスカである。本を買うことができないのだ。本棚の隙間は村人たちの困窮にも結びつく。この隙間を埋めたい、村人たちはそんな思いで偽札作りに着手した。さまざまな隠喩を含んだそんな『隙間』を冒頭で提示したのは見事だと思う。
ただ、生かしきれていないのが非常に残念。ニセ札の効能があまり描かれていないのだ。村人たちが偽札によって力を取り戻していく描写がなければ、何のための偽札か分からない。冒頭に提示された隙間は一時的にせよ埋められたのだから、そのあとには繁栄がくるべきだと思う。その繁栄の力が強ければ強いほど、次に続く転落は衝撃的で、なおかつドラマ的なのだ。
もちろん、構成に頼らず淡々と描く手法もあるだろう。この映画は実際にあった事件を基にしているから、あえて時制をいじくり回すことなく、高低差もあまり出さずに描いたのかもしれない。ただ、構成で人々を惹きつけることを放棄したのであれば、それに代わる何かを用意しなければならない。多くの場合、それはリアリティである。周防正行監督の『それでもボクはやってない』は、同じように一つの事件を淡々と時間通りに描いているが、それがリアリティを生んでいる。もしも自分が痴漢容疑にかけられたら……と思うとぞっとするほどのリアリティである。
一方『ニセ札』にそれがあるかと言えば、正直ない。かといって架空の村の架空の事件として観るにはエンターテイメントとしての力が弱い。実際にあった事件に囚われすぎてしまったのか、キム兄節も不発という印象。
ただ、ラストの法廷シーンは倍賞美津子の力演と意外性のある演出が光り、次回作への期待が持てる締めくくりになっている。次は、これぞキム兄という映画を見せて欲しい。
野崎芳史
オススメ度:☆☆