<テレビウォッチ>薩摩藩の内紛による乱闘や坂本龍馬暗殺未遂で有名な京都・寺田屋がいま新たな騒動にさらされているという。所太郎の面白いレポートだ。
伏見にいまもある「旅籠・寺田屋」。「史跡寺田屋」という石碑が建っていて、幕末の歴史の舞台を観ることができるというので、年間7万人が訪れる。拝観料400円。
所が内部を案内する。いちばん有名なエピソードは、龍馬の愛人おりょうさんが入浴中に異変を察知して、裸のまま階段を駆け上がって2回の座敷にいた龍馬に急を告げたというヤツ。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出てくる話だ。
所は「これがおりょうさんが入っていた風呂」「おりょうさんがとんとんと階段を駆け上がる」「これが龍馬が撃ったピストルの弾の跡」「柱に刀痕もあります」と順に説明する。
室内では、「寺田屋14代当主伊助」のテープが、「天保年間に建てられた船宿でございまして……現存することも珍しい」という。
ところが先頃一部報道で、「寺田屋は当時の建物ではないのでは?」という疑問が出て、京都市は、市のHPにあった寺田屋の案内を削除してしまった。「目下京都市歴史資料館に調査を依頼している」というのだ。
実はいくつかの資料がある。1905年の「寺田屋7代目当主伊助」の申立書に、「戊申の兵火(1868年)にかかり家屋もろとも消失し」という。また、風呂場は登記をみると、1908年に新築されていた。まだある。東隣にある寺田屋騒動(1862年)を記念する碑(1894年建立)に、「寺田屋遺し(土へんに止)」とある。鳥羽伏見の戦いでは付近一帯が焼けたことは、住民にも伝わっていた。
うーん、なるほど。これは悩ましい。観光客も「ファンとしては残念ですね。事実なら」「龍馬がなくなるわけじゃないから」と反応はさまざま。
スタジオも、村田晃嗣が、「きのうも京都を人力車で回っていたんですけど、そうだったらそれでいい。ちゃんと書いてくれた方がすっきりする」
所は「焼けたといってもどの程度焼けたのか」
大谷昭宏は、「打ち合わせで、村田先生は、『寺田屋に騒動はつきものだ』といってた」(笑い)
赤江珠緒は「そうあってほしいというのはありますね」
「あったことは事実なんだから」と村田。
みんな、歴史は大好きだからね。