「ブラインドサイト」というタイトルは、映画の舞台となるチベット社会で盲人たちが「見えない存在」として扱われていることに由来する。中国南西部に位置するチベットは、ヒマラヤ山脈と崑崙山脈に挟まれている。富士山より700メートル以上も高い海抜4500メートルにある高原地帯の自治区だ。
山間の盆地に散在する小さな集落では、いまも迷信が根強く信じられている。その一つが、目が見えない子は前世の悪行の祟りだと悪し様に言うものだ。子供たちは親から「役立たず」と罵られたと話す。
そんな子供たちの自信を取り戻そうとしているのは、自身も盲目のドイツ人教育者、サブリエ・テンバーケン。彼女はチベットで初めての盲人学校を設立した。そして盲人としてエベレスト登頂に成功したアメリカ人、エリック・ヴァイエンマイヤーを招聘して子供たちに話を聞かせる。それがきっかけで盲目の少年少女6人がエリックの指導の下、7000メートルのラクパリを目指すドキュメンタリー映画である。
一歩一歩足を踏み出し、自分たちの可能性は無限だ、と目の見えない子供たちはヒマラヤを目指す。これが成功したら誰からもバカにされないぞ、と。しかし山はそんなに甘っちょろくない。高山病や悪天候でたちまちコンディションを崩す子供たち。サブリエとエリックの意見も違う。ここでやめたら全く登らなかったのと同じだと、付いていけない子供を残して強行に登頂をする意見。一方、登頂成功が問題じゃない、皆と一緒に努力した経過が評価されるのだという意見。アメリカ対欧州、男性対女性、東洋対西洋などの対立で意見が食い違い、白熱する論議は傾聴に値する。
カメラは、抜けるような青空をバックに雪を頂くヒマラヤの山並みをとらえ、観る者を感激させる。かと思えば、千尋の谷底も見えないクレバスを眼下に見つつ細い金梯子で渡る子供たちを写して、恐怖を覚えさせる。登頂に関して論議を尽くした末に辿り着く結論は、観客の予想とは大きく異なる。
単純に頑張るだけのスポーツ根性ものでもないし、痛々しい子供のお涙頂戴ものでもない、時には笑え、感動を呼ぶ記録映画。チベットで3か月撮影し、6人の子供たちの村を訪ね自宅や両親を訪れての取材は、チベットの人々の日常生活や考え方を垣間見るのに貴重な資料を提供している。一つ一つの出来事に対する子供たちの率直な表情や反応をカメラは緻密に捉えていて、それだけでドラマになっている。
監督のルーシー・ウォーカーは、アーミッシュのティーンエイジャーの記録映画「デビルズ・プレイグラウンド」で注目され、世に出た女流監督。地味な映画だが感動の作品だ。
2006年イギリス映画、ファントム・フィルム配給、1時間44分
監督:ルーシー・ウォーカー
出演:サブリエ・テンバーケン / エリック・ヴァイエンマイヤー
公式サイト:http://www.blindsight-movie.com/