サンフランシスコを訪れる人は年間900万人。必ず訪ねるのがプレシディオからマリン郡を結ぶ全長2,790メートルのゴールデン・ゲイト橋。今からちょうど70年前の1937年に完成したが、10週間後に初めての飛び込み自殺者があったのを皮切りに、これまで1,300人以上の人が命を落とした。世界的に自殺者が一番多い場所として知られている。海面までの距離66メートルは間違いなく落下者の命を奪う。飛び込む場所は、橋の中央でサンフランシスコ市街を見渡せる側が最多だ。
(c)2005 EASY THERE TIGER All rights reserved
監督でプロデューサーのエリック・スティール。「アンジェラの灰」などで製作を務めて今回は初監督作品。2004年から2005年にかけての1年間、カメラを橋に向けてとり続けた。厳寒の南極で5年間カメラを据えていたフランス映画「皇帝ペンギン」に比べれば朝飯前の撮影だろう。そして見事に(?)何人かの自殺者の落下の瞬間をカメラに捕らえている。画面に現れるのは5人ほどだが、そのうち2人は奇跡的に命を取りとめた。
自殺する人を止めるとか警察に知らせることもなく、非情にも冷たくカメラを回し続けることに違和感や倫理的な憤りを感じるが、映画は言い訳をしている。自殺者はカメラ位置から遠い場所で、走って行っても警察を呼んでも間に合わない。それにそこで止めてもいつか何処かで必ず自殺をする。死ぬなら死なせてやれ、我々の撮影が優先すると言う態度だ。
自殺者の親族友人たちがインタビューに応じる。泣き悲しむ人もいるが大半は突き放した言い方をしている。自殺者の殆どを彼らは持て余していたことが画面から伝わって来る。それも映画作家たちの良心を軽くしているに違いない。
観客がほっとするのは、ある女性が欄干を越え海面を見つめているのを、ビデオ撮影している通りがかりの男が気付き、彼女のコートの襟首を掴み引き上げるシーンだ。直ぐに警察が駆けつけ収容されるシーンをカメラ男は追っている。ポリスカーに入る彼女が振り返り男を見る目が穏やかなのに安堵する。
もう一人は落下する最中に「生きたい」と言う意識が湧いたケヴィン・ハインズ(25)。頭か足から水に突っ込めば生きる可能性があると考え、空中で体勢を調整して足から落下。腰の骨がバラバラになり内臓に突き刺さったが生き延びたと言う凄まじさ。
凄まじいのはジーン・スプラーグ(34歳)。シャツもパンツも黒ずくめでサングラスをかけた長髪の彼を、最初からカメラは気付き、橋を行ったり来たり、立ち止まって長考したり景色を眺める姿を長々と追っている。その間、友人両親が彼の生き様を語る。失業が長かったが、自殺する日にオークランドの企業からマネージメント職での面接があると留守電があった。丁度その頃ジーンは欄干に立ち、後ろ向きに海面に落下する。派手なダイビングをカメラは追い、水面の水しぶきを捉える。観客は一様にショックを受ける。
「皇帝ペンギン」なら生物学上有意義なのだが、この映画は一体何を伝えようとしているのか見終わっても分からない。監督は、自殺を真剣に考えて欲しいという意図で撮ったと言うのだが。
2006年アメリカ映画・トルネード・フィルム配給・1時間33分・2007年6月16日公開
監督・プロデューサー:エリック・スティール