テラヘルツ波で耳の病気を見える化

テラヘルツ波で耳の病気を見える化内耳蝸牛内部の非破壊3D観察に成功

2025年3月27日
早稲田大学
大阪大学
神戸大学
科学技術振興機構(JST)

テラヘルツ波で耳の病気を見える化 内耳蝸牛内部の非破壊3D観察に成功

詳細は早稲田大学HPをご覧ください。

【発表のポイント】
 ● 難聴の多くは、耳の奥にある器官「内耳蝸牛(かぎゅう)」の障害が原因とされています。従来の光計測では骨を透過できず、X線では被ばくのリスクがあり、内部観察が困難でした。本研究では、マウスを用いた実験により、テラへルツ波を利用して蝸牛の小さな内部構造の3次元非破壊観察に初めて成功しました。
 ● テラへルツ波は波長が光よりも数百倍長く、小さなものを観察することは困難でした。今回、光からテラへルツ波に波長が変換する現象をうまく利用して、この問題を解決しました。この独自の技術と画像解析技術により、高解像度な3D観察を実現し、蝸牛内部を輪切りしたような断面図として可視化できるようになりました。
 ● 感音難聴などの耳の病気の診断だけでなく、生体内でのオンサイト診断への貢献や、テラへルツ波を利用した新しい内視鏡や耳鏡など医用デバイスの開発にも期待できます。

早稲田大学大学院情報生産システム研究科 芹田和則(せりたかずのり)准教授、神戸大学大学院医学研究科 藤田岳(ふじたたけし)准教授、柿木章伸(かきぎあきのぶ)特命教授、大阪大学レーザー科学研究所 斗内政吉(とのうちまさよし)教授、大阪大学大学院工学研究科博士課程Zheng Luwei(ゼンルーウェイ)氏らによる研究グループは、マウスを用いた実験により、テラヘルツ波※1を利用して、音をつかさどる耳の器官である「内耳蝸牛※2」のマイクロメートルスケールの小さな内部構造を3次元で非破壊観察することに世界で初めて成功しました。

蝸牛は骨に囲まれているため、光では骨を透過できず、X線では照射臓器に被ばくのリスクがあり、従来の手法では安全に内部を観察することが困難でした。また、テラへルツ波は非破壊での計測ができますが、波長が長く、いわゆる回折限界※3の影響で、小さなものを観察することが困難でした。本研究では、光からテラヘルツ波を発生する独自の計測法と画像解析技術によってこの問題を解決し、高解像度な3Dイメージングを実現しました。これにより、蝸牛内部を輪切りしたような断面図として可視化することが可能になりました。この技術は、感音難聴※4をはじめとする耳疾患の診断や、生体内でのオンサイト診断に貢献できます。さらに、テラヘルツ波を活用した新しい内視鏡や耳鏡などの医用デバイス開発も期待できます。

本研究成果は米国の国際学術誌「Optica」に2025年3月27日(木)10時30分 (現地時間)に掲載されました。
論文名: Three-dimensional terahertz near-field imaging evaluation of cochlea

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503256268-O2-09pICaFB】 図 内耳蝸牛内部の3次元非破壊テラへルツイメージング

(1)これまでの研究で分かっていたこと
感音難聴の多くは、耳の奥にある音をつかさどる器官である「内耳蝸牛」の障害が原因とされていますが、頭蓋骨深部にあり、小さく、また骨に囲まれているため、内部の把握が難しいという問題がありました。骨壁を破壊すると耳の機能が失われてしまうため、その点でも内部観察が難しいとされています。光計測では光が骨を透過できず内部観察が難しく、X線では観察可能ですが、内部被ばくの問題がありました。そのため、蝸牛内部を生体内で高い解像度で安全に観察する方法は存在せず、感音難聴の病態把握は、死後に蝸牛を取り出し、破壊して内部を観察するしかありませんでした。

一方で、テラへルツ波は周波数が0.1~10テラヘルツの電磁波で、ちょうど可視光と電波の中間帯に位置しています。特にイメージングでは、X線と異なり様々な物質の内部を被ばくさせずに観察できることから、安心安全な評価技術として注目されています。また、物質の成分の評価や、癌(がん)組織と正常組織とを染色を行わずに識別できるとされており、将来の診断技術としても期待されています。

しかし、従来のテラへルツ波での観察では、テラへルツ波をレンズで絞って観察対象に照射させていたため、照射スポットサイズ(数ミリメートル~数センチメートル)より小さな対象物質は観測できませんでした。これはテラヘルツ波の波長が可視光に比べて数百倍長いため(回折限界)で、マイクロメートルスケールで物質を観察することが困難でした。そのため、蝸牛の小さな内部構造を観察することはできず、また、高い解像度でCTのように3次元でイメージングすることもできませんでした。

(2)新たに実現しようとしたこと
テラへルツ波を利用して、内耳蝸牛内部の小さな構造を3次元的に観察すること、それを耳の診断へ応用する可能性を見いだすことを目指しました。また、蝸牛内部をその形や機能を壊さずに観察することを目的に研究を進めました。物質透過性と安全性の点からテラへルツ波が有効ですが、マイクロメートルスケールでの物質観察は難しく、それを3次元で行うための有効な手法を開発する必要がありました。

(3)新しく開発した手法
光-テラへルツ波変換で生成する微小なテラへルツ波の光源を利用することで、高い解像度での蝸牛内部観察を実現しました。

本研究グループは、非線形光学結晶※5と呼ばれる特殊な半導体結晶に、フェムト秒(1フェムト秒は10-15秒、1000兆分の1秒)パルスレーザー※6光を照射する時、テラヘルツ波が局所的に発生することに着目しました。ここで発生するテラヘルツ波は、マイクロメートルスケールのスポットサイズであり、その波長(1テラヘルツは約0.3ミリメートル)より数十〜数百分の1ほど小さい点光源として扱うことができます。図1に示す実験システムのように、この小さなテラへルツ波の点光源を、サンプルと直接相互作用させてイメージングを行うことで、これまで難しかった内耳蝸牛の非破壊での内部構造観察に初めて成功しました。3次元観察を実現するために、この手法と、蝸牛内部から反射してくるテラへルツ波を使ってイメージングするTime of flight(ToF)※7という技術を組み合わせた計測法を提案しました。さらに機械学習を活用した画像解析法を導入することで、蝸牛内部構造の3次元観察と断面観察をマイクロメートルスケールで実現しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503256268-O3-UH074245
図1. 内耳蝸牛測定の模式図。非線形光学結晶上にセットした内耳蝸牛の下からレーザーを照射し、結晶表面でテラへルツ波を発生させる。テラへルツ波は内耳蝸牛と相互作用し透過する。一方で内耳蝸牛の内部で反射したテラへルツ波を検出することで3次元でのイメージングを行う。
(4)明らかになったこと
テラへルツ波を利用して、内耳蝸牛内部の小さな構造を非破壊観察することに成功しました。図2(上)に示すように、内耳蝸牛の形を壊すことなく、内部構造を観察できることが分かりました。この手法を使うと、図2(左下)のように、3D画像をスキャンしながら、内部を輪切りしたような断面図として観察することができます。図2(右下)は、その断面の画像の一部であり、蝸牛内部の渦巻き構造(蝸牛管)の一部をイメージングできることが分かりました。また内部構造や内部に含まれる物質が変化したりすると反射してくるテラへルツ波の波形が変化することも分かりました。これらは耳の診断や様々な耳の病気の早期発見につながる可能性があります。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503256268-O4-8d2tl7PM
図2. (上)内耳蝸牛内部の3次元テラへルツ像。内部構造を可視化できていることが分かる。断面の観察も可能である。(左下)赤い矢印の方向に連続して観察していき、平面の画像を再構築することで3D画像を得られる。(右下)実際に得られた平面の画像の一部。

(5)研究の波及効果や社会的影響
本成果は、これまで診断が難しかった耳の病気の新しい診断手法として期待できます。これにより感音難聴を含む耳の病気のオンサイトな診断が実現でき、耳の障害を早期に見つけることができる可能性があります。

また、本成果は、耳以外の様々な病気のオンサイト診断にも貢献できます。例えば、テラへルツ波では、染色や前処理を行わずに癌部位の検出ができるといわれており、迅速な診断技術として注目されてきましたが、低感度で、細胞スケール(マイクロメートルスケール)での観察が困難でした。本成果により、テラへルツ領域における細胞レベルでの生体情報を収集できるようになり、テラへルツ生体情報データベースが整備され、将来の医療に貢献できると期待しています。

さらに、本成果のシステムはコンパクト化が可能であり、テラへルツ医療デバイスとして、新しい内視鏡や耳鏡の開発、市場への参入も期待されます。これまでは、システムが大型で、内視鏡に導入しての生体内(in vivo)での計測は困難とされ、長年普及が進んでいませんでした。これまでに国内で医用登録されたテラへルツ製品はありません。既存の内視鏡技術と本テラへルツ技術を組み合わせることで、高精度な病理診断を提供できると考えられます。

(6)今後の課題
今回は乾燥させた内耳蝸牛をマウスから取り出して内部をテラへルツ波で観察し、その有用性を調べましたが、今後は実際の蝸牛を使ってこの手法の有用性を調べる必要があります。蝸牛は耳の深部にあり、また内部はリンパ液(水)で満たされているため、システムをコンパクト化させ耳の穴から蝸牛へアプローチし、より強いテラへルツ波を利用する必要があります。これにより、蝸牛内部の分光情報と3次元イメージング情報が取得され、医学的な解釈をもとに、これまで不可能であった生体内測定とオンサイト診断につながることが期待できます。

(7)研究者のコメント
長年未開拓の電磁波とされてきたテラへルツ波の応用を目指す研究と、これまで困難とされてきた内耳蝸牛内部の非破壊観察を目指す研究が融合し、大きな成果を挙げることができました。本研究は耳の医療に革新をもたらす可能性を秘めています。テラへルツ波の潜在能力には未知の部分が多く、さらなる応用事例抽出に取り組むことで、この電磁波の魅力を広めていきたいと考えています。

(8)用語解説
※1 テラへルツ波
周波数が1テラヘルツ前後にある電磁波の総称で、1テラは1兆を表す。1テラヘルツは波長にして約0.3ミリメートルである。光と電波の中間に位置する電磁波であり、光の直進性と電波の透過性の両性質を併せ持つ。また、水に対しては可視光の約6桁倍以上の強い吸収特性を示す。1光子のエネルギーは、X線の100万分の1相当であり、物質を被ばくさせることなくイメージングすることができる。薬物検査、半導体デバイス検査、食品の品質管理、バイオメディカル、超高速通信など、多岐に渡る応用利用が期待されている。

※2 内耳蝸牛
音を感じ取る役割を持つ耳の器官。耳の奥にあり、その内部は渦巻き構造を持つ。外部から入った音は鼓膜などを通じて蝸牛に伝わり、内部のリンパ液が振動することで音を感知する。この情報は神経を通じて脳に送られ、音として認識される。蝸牛は頭蓋骨内の骨に囲まれていて、直接内部を観察することが難しく、耳の病気の研究や診断が困難な要因となっている。

※3 回折限界
光を集光できる最小領域で、光の波長程度に制約される。レントゲンで知られるX線の場合、数百分の1ナノメートル程度、光学顕微鏡で使われる可視光の場合、380ナノメートル~750ナノメートル程度、テラヘルツ波の場合、30マイクロメートル~3ミリメートル程度となる。ナノメートル(=10-9メートル)は10億分の1メートル。マイクロメートル(=10-6メートル)は100万分の1メートル。

※4 感音難聴
耳の内部の内耳や神経の障害によって音の信号が正しく伝わらなくなる難聴。感音難聴の多くは内耳蝸牛に原因があるとされているが、生きている状態で蝸牛内部の状態を詳細に観察できる方法は存在しない。

※5 非線形光学結晶
レーザー光などの非常に強い光が入射すると、その分極応答が入射する光の振幅に比例せずに、2乗、3乗などに比例した非線形な応答を示す結晶。本研究における、光からテラヘルツ波への波長変換は、代表的な非線形応答である。

※6 フェムト秒パルスレーザー
1フェムト秒(1000兆分の1秒)という非常に短い時間だけレーザーを出力できるレーザー。レーザーポインタなど連続的に出力するレーザーと比較して、きわめて高い強度を出力することができる。

※7 Time of flight(ToF)
電磁波を物体に照射し、その反射波が戻ってくるまでの時間を測定することで、距離や形状を調べることができる技術。テラへルツ波を利用したToF法は、非破壊で物質内部の3次元構造を解析できる手法であり、産業分野での応用が期待されている。

(9)論文情報
雑誌名:Optica
論文名:Three-dimensional terahertz near-field imaging evaluation of cochlea
執筆者名(所属機関名):Luwei Zheng1, Haidong Chen1, Takeshi Fujita2, Akinobu Kakigi2, Nicole Allen3, Hironaru Murakami1, Masayoshi Tonouchi1, *Kazunori Serita1,4
1: Osaka University, 2: Kobe University, 3: Georgia Institute of Technology, 4: Waseda University
*:責任著者
掲載予定日時(現地時間):2025年3月27日(木)10時30分(米国東部標準時(夏時間))
DOI:https://doi.org/10.1364/OPTICA.543436

(10)研究助成
本研究は、
JST創発的研究支援事業「近接場テラヘルツ励起プローブ顕微鏡による1細胞・1分子分光イメージング解析とその応用(課題番号:JPMJFR2029、研究代表者:芹田和則(早稲田大学&大阪大学))」
JST創発的研究支援事業「医工融合による低侵襲・高解像な感音難聴の精密診断の実現(課題番号:JPMJFR215F、研究代表者:藤田岳(神戸大学))」
科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)「生理環境下での細胞測定に適した近接場テラヘルツ顕微鏡の開発とその応用(課題番号:20K20536、研究代表者:芹田和則(早稲田大学&大阪大学))」
科学研究費助成事業 基盤研究B「共焦点THz近接場分光イメージングシステムの構築とバイオメディカル応用(課題番号:23K22820、研究代表者:村上博成(大阪大学))」
科学研究費助成事業 基盤研究A「局所場における光テラヘルツ波変換モデルリングと半導体分析応用(課題番号:23H00184、研究代表者:斗内政吉(大阪大学))」
などの支援により実施されました。

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