狂犬病ウイルスの弱点を発見: RNA合成酵素の新規機能部位を発見

狂犬病ウイルスの弱点を発見:未だ存在しない狂犬病治療薬開発への足がかりに

2025年3月12日
岐阜大学

狂犬病ウイルスの弱点を発見: RNA合成酵素の新規機能部位を発見 未だ存在しない狂犬病治療薬開発への足がかりに

【本研究のポイント】
・狂犬病は重篤な神経症状と高い致死率を特徴とする人獣共通感染症で、その治療法は未だ確立されていません。
・狂犬病ウイルスのLタンパク質はPタンパク質と結合することでRNA合成酵素として機能するため、これらタンパク質の結合を阻害することは狂犬病治療薬開発の戦略のひとつとして有望視されています。
・これまでに、Lタンパク質のC末端領域がPタンパク質との結合に関与することはわかっていましたが、その領域のPタンパク質との結合面ではない部位がどのような役割をもつのかは不明でした。
・本研究では、C末端領域のPタンパク質との結合面ではない部分がLタンパク質のPタンパク質結合能、RNA合成酵素機能、ならびに安定性に重要となることを明らかにしました。
・本成果は、狂犬病治療薬開発に向けた基盤情報となることが期待されます。

【研究概要】
 岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科の伊藤直人教授らの研究グループは、北海道大学大学ワクチン研究開発拠点の澤洋文教授、同大学人獣共通感染症国際共同研究所の佐々木道仁准教授、および五十嵐学准教授との共同研究で、狂犬病ウイルスLタンパク質1)のC末端領域の新たな役割を明らかにしました。
 狂犬病ウイルス2) のLタンパク質は、Pタンパク質3)と結合することでRNA合成酵素として機能し、ウイルス増殖の中心的な役割を担います(図1)。したがって、Lタンパク質とPタンパク質の結合(L-P結合)を阻害することは、未だ存在しない狂犬病治療薬開発において極めて有望な戦略となります。Lタンパク質のC末端領域は、Pタンパク質との結合面を形成することが報告されています。一方で、結合面を形成しない部位がどのような役割をもつかは不明でした。本研究では、C末端領域のPタンパク質との結合面ではない部位がLタンパク質のPタンパク質結合能、RNA合成酵素機能、および安定性のそれぞれに重要となることを明らかにしました。この成果は、狂犬病治療薬開発における基盤情報となることが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2025年3月11日23:00に米国微生物学会誌『Journal of Virology』のオンライン版で発表されました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503105448-O4-xm5F65Fz

【研究背景】
 狂犬病は、重篤な神経症状と高い致死性を特徴とするウイルス性の人獣共通感染症です。本病に対する有効なワクチンが存在する一方で、確立された治療法はなく、ワクチンの普及が十分でないアジアおよびアフリカの発展途上国を中心に年間推計5.9万人が犠牲となっています。そのため、治療法の確立は、狂犬病の犠牲者を減少させるための喫緊の課題です。
 その病原体である狂犬病ウイルスは、自身のゲノムRNAの複製やmRNAの転写を行うためのRNA合成酵素としてLタンパク質をもちます。Lタンパク質が機能するためには、ウイルスのPタンパク質と結合しL-P複合体を形成することが不可欠です。そのため、L-P結合を阻害することは、狂犬病治療薬開発の戦略として極めて有力です。
 最近、L-P複合体の立体構造が決定されたことで、Lタンパク質のC末端領域がPタンパク質との結合面を形成することが明らかになりました。しかし、C末端領域内の結合面を形成しない部位がどのような役割をもつのかは不明でした。

【研究成果】
 本研究では、以前に伊藤教授らのグループによりPタンパク質結合能とRNA合成酵素機能の両方に重要となることが明らかにされたLタンパク質のNPYNE配列4)に注目しました。L-P複合体の立体構造におけるNPYNE配列の位置を確認したところ、この配列はC末端領域のPタンパク質との結合面から遠く離れた部分に位置していることがわかりました(図2)。このことから、C末端領域のPタンパク質との結合面でない部分も機能的に重要となることが明らかになりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503105448-O5-3veZxJ1a
 NPYNE配列が位置する部位の機能的役割を詳しく解明するために、NPYNE配列に様々な変異をもつ狂犬病ウイルスやLタンパク質の変異体を作出し、それらの性状解析を行いました。その結果、1929位のアスパラギン残基(NPYNE配列の1つ目のN)がPタンパク質結合能とRNA合成酵素機能の両方に重要となることがわかりました(図3)。また、1932位のアスパラギン残基(2つ目のN)および1933位のグルタミン酸残基(E)がそれぞれRNA合成酵素機能およびPタンパク質結合能に重要となることも明らかになりました(図3)。さらに、NPYNE配列がLタンパク質の安定性に重要となることが示されました。
 以上の結果より、C末端領域のNPYNE配列が位置する部分がLタンパク質のPタンパク質結合能、RNA合成酵素機能、および安定性のそれぞれに重要となることが明らかになりました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202503105448-O6-meMJz22S

【研究の意義】
 一般に、2つのタンパク質分子の結合には分子間の結合面に位置する領域が重要になることから、C末端領域のPタンパク質との結合面となる部位がL-P結合に重要な役割を担っていると考えられています。しかしその一方で、本研究の成績はPタンパク質との結合面でない部位もL-P結合に関与していることを明確に示しています。これは、Pタンパク質との結合面以外の部位がL-P結合阻害薬開発の標的となる可能性を示す初めての知見です。
 さらに、本研究ではNPYNE配列の位置するC末端領域がPタンパク質との結合だけでなく、Lタンパク質のRNA合成酵素機能や安定性にも重要となることを明らかにしました。このことから、C末端領域を標的とし、L-P結合を阻害する化合物が発見されれば、RNA合成酵素機能および安定性の低下との相乗効果により効率的にウイルス増殖を抑制する狂犬病治療薬となる可能性が期待されます。
 以上の成果は、L-P複合体の構造や機能についての新たな知見を提供し、狂犬病治療薬開発における有力な基盤情報となります。

【用語解説】
1)Lタンパク質
狂犬病ウイルスを構成するタンパク質のひとつ。ウイルスゲノムの複製およびmRNAの転写・成熟に必要なすべての酵素機能を備えた多機能性タンパク質である。RNA合成酵素として、ウイルス増殖の中心的役割を担っている。

2)狂犬病ウイルス
モノネガウイルス目ラブドウイルス科リッサウイルス属に分類されるウイルス。非分節のマイナス鎖RNAをゲノムとしてもつ。特徴的な弾丸状の粒子を形成する。すべての哺乳動物に感染し、致死的な脳炎を主徴とする狂犬病を引き起こす。

3)Pタンパク質
狂犬病ウイルスを構成するタンパク質のひとつ。Lタンパク質の必須共因子としてはたらくだけでなく、宿主自然免疫系の回避にも関与する。

4)NPYNE配列(アスパラギン–プロリン–チロシン–アスパラギン–グルタミン酸配列)
狂犬病ウイルスLタンパク質の1929位から1933位に見出された5つのアミノ酸残基の並び(各アルファベットはアミノ酸の一文字表記に対応)。狂犬病ウイルス間で完全に保存されている。以前、伊藤教授らのグループによりLタンパク質のPタンパク質結合能とRNA合成酵素機能に重要となることが報告された(Nakagawa et al., J. Virol., 2017)。

【論文情報】
雑誌名:Journal of Virology
論文タイトル:Functional dissection of the C-terminal domain of rabies virus RNA
polymerase L protein
著者:Fumiki Izumi, Machiko Makino, Michihito Sasaki, Kento Nakagawa, Tatsuki Takahashi, Shoko Nishiyama, Yuji Fujii, Misuzu Okajima, Tatsunori Masatani, Manabu Igarashi, Hirofumi Sawa, Makoto Sugiyama, Naoto Ito
DOI: 10.1128/jvi.02082-24

配信会社から提供を受けたコンテンツやプレスリリースを原文のまま掲載しており、J-CASTトレンドが制作した記事ではありません。お問い合わせは配信会社・プレスリリースの配信元にお願いいたします。
共同通信PRワイヤー