謎の天体で作られる銀河の雪

謎の天体で作られる銀河の雪-有機分子生成の新たなる現場か-

2025年2月27日
新潟大学

 寒い冬、雲の中で雪が作られるように、銀河の特定の領域では氷が作られます。新潟大学自然科学系(理学部・大学院自然科学研究科)の下西隆准教授、東京大学大学院理学系研究科の尾中敬名誉教授および左近樹准教授らの研究チームは、アルマ望遠鏡注1を用いて、赤外線衛星「あかり」により発見され、水や有機分子などを含む氷が豊富に付随していることが知られているものの、その性質がよく分かっていなかった謎の2つの氷天体の分子ガスの観測を行いました。観測の結果、2つの天体に付随する分子ガスの距離や運動、大きさ、化学組成などが明らかになりましたが、その性質はこれまでに氷の存在が知られているいかなる種類の天体の特徴とも一致しませんでした。今回の研究は、2つの天体がこれまでに知られていない新たなタイプの氷・有機分子生成の場である可能性を示唆しています。本研究成果は、2025年2月25日、天文学論文誌「The Astrophysical Journal」に掲載されました。

 

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102154/202502264754/_prw_OT1fl_npB255kY.png

Ⅰ.研究の背景

 生命の材料となりうる有機分子は、宇宙のどのような場所で生成され、どのようにして惑星へと届けられるのか、これは天文学・惑星科学における大きな謎の一つです。この謎を解き明かす鍵の一つと考えられているのが、宇宙で作られる氷です。星間空間には、炭素・酸素・ケイ素・鉄などを主成分とする固体微粒子が至る所に存在しており、これらは星間塵と呼ばれています。星間空間の極低温・高密度領域では、この星間塵を核として、その表面に原子・分子が吸着することにより、氷(星間氷注2)が生成されることが知られています。寒い冬の日、雲の中で雪が作られるのと似た現象です。星間空間の温度・圧力環境では、気体の状態での化学反応に比べて、固体の状態での反応の方がはるかに効率的に複雑な有機分子注3を生成できるため、星間氷が作られる現場は、同時に複雑な有機分子を生成する場であると考えられています。

 

 2021年、日本初の単独赤外線天文衛星「あかり」の観測データを用いた研究により、赤外線で明るく輝き、かつ星間氷が豊富に付随する天体が2つ発見されました(図1)。銀河面上のたて・ケンタウルス腕の方向に位置するこれら2天体からは、水・二酸化炭素・一酸化炭素、そして有機分子の一種であるメタノールなどを成分とする星間氷による強い吸収バンドが検出されました。通常、星間氷は星・惑星形成途上の天体や、星形成の母体となる分子雲と呼ばれる領域などで検出されますが、2つの天体はいずれも既知の星形成領域には属していません。ごく稀なケースとして、激しい質量放出を行っている年老いた星注4でも星間氷は検出されますが、それでも同種の天体で有機分子を含む氷が見つかった例はありません。2つの天体の素性は謎に包まれていました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502264754-O2-SGqk9a33

図1.(左)アルマ望遠鏡が捉えた謎の氷天体からの分子輝線放射。背景の画像は、波長1.2 mmの光を青で、4.5 mmの光を赤で色付けした赤外線カラー合成図 [2MASSおよびWISE注5による赤外線データに基づく]。(右上)あかり衛星により観測された左図上側の天体の赤外線スペクトル。氷や塵による吸収バンドが見られます。(右下)2つの氷天体の銀河面上での位置(ESA/Gaia/DPACの画像を改変)。クレジット:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), Shimonishi et al. , ESA/Gaia/DPAC

 

Ⅱ.研究の概要・成果

 そこで今回、謎の天体の性質を探るため、本研究チームはアルマ望遠鏡を用いて波長が約0.9 mmの電磁波注6の観測を2天体に対して行いました。一般的に、赤外線観測は天体に付随する固体物質の性質を探る上で有効ですが、付随するガスの運動や組成を調べるうえでは電波観測が有効です。もし謎の2天体が星・惑星形成途上の天体であるならば、アルマ望遠鏡の高い空間分解能と感度により、天体に付随する様々な分子ガスの輝線が検出されるはずです。また、もしこれまでの観測で見落とされていた分子雲が2天体の方向に存在するのならば、一酸化炭素の輝線により空間的に広がったガスの構造が検出されるはずです。

 

 ところが、観測の結果見えてきたものは、そのどちらでもありませんでした。2つの天体の位置では、1秒角注7以下の非常にコンパクトな分布を持つ一酸化炭素と一酸化ケイ素の分子輝線注8のみが検出されました(図1左)。一方、2つの天体のように深く星間塵に埋もれた天体に検出が予測されたサブミリ波域の星間塵熱放射は、検出されませんでした。今回のアルマ観測により、様々な観点から謎の氷天体の物理・化学的性質が見えてきました。

 

 まず、ガスの視線方向の速度から見積もられる距離(運動学的距離注9)から、2つの天体は3万光年から4万光年程度と遠方にある天体であることが示唆されました。また、2つの天体の運動の速度が全く異なることから、これらの天体は異なる距離にある独立した天体であることも分かりました。天球面上では、2つの天体は3分角注7程度しか離れておらず、かつよく似た色・明るさ、そして星間氷の性質を示しているにも関わらず、全く異なる運動をする独立した天体であったのは意外な結果でした。

 

 天体がどの波長域で強く放射を行っているかを知ることは、その天体の物理的な素性を調べる上で有効です。生まれたばかりの星をはじめとして、氷が付随することが知られている天体は、低温かつ大量の星間塵に埋もれているため、遠赤外線からサブミリ波の波長域において明るく輝きます。しかしながら、図2に示されるように、今回のアルマ観測では、2つの氷天体からはサブミリ波放射は検出されず、これまで氷が検出されている天体の特徴とは一致しない、特殊なエネルギー分布を示すことが明らかになりました。2つの天体は、生まれたばかりの星よりかは、どちらかというとごく稀に氷が観測される年老いた星に近いエネルギー分布を示しています。しかし、そのような年老いた星において、これまでに複雑な有機分子を含む氷が検出された例はありません。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502264754-O3-aLmOsoW2

 

 2つの天体に付随するガスの分子組成も明らかになりました。分子輝線の強度比から見積もられた[一酸化ケイ素/一酸化炭素]の分子存在度比は、0.001程度であり、これは通常の分子雲では見られないほど高い値でした。このように豊富な一酸化ケイ素が検出される領域は、激しい衝撃波の影響を受けて星間塵が破壊されている領域に限られます。ガスが激しく運動していることを示す幅の広い分子輝線が2天体から検出されたことからも、天体にはガスを強くかき乱す何かしらのエネルギー源が付随していることが考えられます。

 

 天体の大きさに対する情報も得られました。2つの氷天体の赤外線分光観測では、氷や塵による深い吸収バンドが見られ、多量の塵やガスの存在が示唆されていました。一方、今回輝線として観測された一酸化炭素分子から予想されるガスの量や、サブミリ放射の非検出から予想される塵の量の上限値は、吸収バンドから予測されるものと比べて遥かに小さい値でした。この矛盾は、天体の放射領域の大きさに比べて望遠鏡のビームサイズ(空間分解能に相当するもの)が大きな場合に生じるビーム希釈注10という効果で説明をすることができます。しかしこの場合、天体のサブミリ波放射領域のサイズとしては、100から1000天文単位という非常にコンパクトな天体を考える必要があります。1天文単位は地球から太陽までの距離に相当し、約1億5000万kmです。100から1000天文単位と聞くとかなりの大きさに思えますが、星形成の母体となる分子雲はその100倍以上の大きさを持つため、星間空間に漂うガスや塵の塊としては100-1000天文単位の大きさの天体はかなりコンパクトな部類です。

 

 今回のアルマ観測で明らかになった謎の氷天体に関する以上の性質は、星間氷が付随することが知られているいかなる既知の天体(生まれたばかりの星、原始惑星系円盤注11を有する若い星、激しい質量放出を行う年老いた星、氷の存在する分子雲の背景に位置する明るい星)の特徴でも説明することができません。このことから、2つの天体はこれまでに知られていない新たなタイプの氷天体である可能性が示唆されました。

 

III.今後の展開

 氷や塵をまとい、孤立し、複雑な有機分子の氷を生成する環境を持ち、ガスをかき乱す激しいエネルギー源が付随し、近・中間赤外線でのみ明るく輝く、コンパクトな天体。その正体は何なのか、現時点では不明です。今後、アルマ望遠鏡を用いたより高解像度の観測や、ジェームスウェッブ宇宙望遠鏡などを用いた星間氷・塵のより詳細な観測が進むことで、これらの謎の氷天体の正体が明らかになることが期待されます。

 

IV.研究成果の公表

 本研究成果は、2025年2月25日、米国の天文学論文誌「The Astrophysical Journal」に掲載されました。

【論文タイトル】ALMA Observations of Peculiar Embedded Icy Objects

【著者】Takashi Shimonishi, Takashi Onaka, Itsuki Sakon

【doi】10.3847/1538-4357/ada4ad

 

V.謝辞

 本研究はJSPS科研費(JP20H05845、JP21H01145、JP24K07087)、国立天文台ALMA Japan Research Grant(NAOJ-ALMA-352)、新潟大学量子研究センター(NU-Q)の助成を受けたものです。

 

【用語解説】

(注1)アルマ望遠鏡

アルマ望遠鏡(正式には、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array、ALMA)は、南米チリ共和国北部にあるアタカマ砂漠の標高5000メートルに建設された電波望遠鏡です。パラボラアンテナ66台を組み合わせる干渉計方式の巨大望遠鏡で、ミリ波・サブミリ波領域では分解能・感度ともに世界一の性能を誇ります。アルマ望遠鏡は、国立天文台を代表とする東アジア、米国国立電波天文台を代表とする北米連合、ヨーロッパ南天天文台を代表とするヨーロッパ、及びチリ共和国が協力して建設・運用する国際的な共同プロジェクトです。

 

(注2)星間氷

宇宙には塵(ちり)またはダストと呼ばれる固体微粒子が存在します。星や惑星が形成される領域などに見られる極低温(約マイナス260度)かつガスや塵が多く集まった領域では、このダストの表面に気体の原子・分子が吸着し、氷が生成されます。これらは星間氷と呼ばれています。塵や氷の表面に気体が吸着することで局所的に密度が上がり、かつ表面が触媒の働きをすることで、星間氷を介した化学反応は気体の状態での反応に比べてより複雑な分子を作ることができます。このような反応過程は、星や惑星の材料となる物質の化学的複雑性を生むメカニズムの一つとして重要であると考えられています。

 

(注3)複雑な有機分子

天文学では、6個以上の原子からなる有機分子を「複雑な有機分子」と呼んでいます。

 

(注4)年老いた星の質量放出現象

恒星はその晩年、自らに蓄えていた大量のガスを星間空間へと放出します。この過程で、星の周りでは塵や分子など様々な物質が作られます。OH/IR星(オーエイチアイアールせい)と呼ばれる天体は、太陽より少し重い恒星の終末期の姿の一つであり、漸近巨星分枝星と呼ばれる天体の一種です。ごく一部のOH/IR星は、非常に激しい質量放出を行うことが知られており、星の周りに形成される比較的低温の領域では、氷が作られることが知られています。ただし、OH/IR星でこれまでに見つかっている氷は、水の氷のみで、有機分子を含む氷などは見つかっていません。

 

(注5)2MASS・WISE

赤外線で全天を観測し、赤外線で見た宇宙の地図や赤外線天体のカタログを作成したプロジェクトです。2MASSは約1~2 mmの波長域で、WISEは約3~22 mmの波長域で観測を行いました。あかり衛星も同様の全天観測を約9~180 mmの波長域で行いました。

(注6)電磁波

今回アルマ望遠鏡で観測を行った波長0.9mmの電磁波は、サブミリ波と呼ばれ、電波の中では最も短い波長の領域です。

 

(注7)秒角・分角

角度の単位のことで、1度の1/60が1分角、1分角のさらに1/60が1秒角です。

 

(注8)輝線

原子や分子は、その種類に応じて特定の波長の光を放出します。これは輝線として観測されます。電波望遠鏡は、天体に付随するガスから放射されるこの光を捉え、どのような種類の原子・分子がどれくらいの量・温度で存在しているかを探ることができます。

 

(注9)運動学的距離

天体が私たちから遠ざかるまたは近づく速度(視線速度)と、天の川銀河の回転運動の情報を利用することで推定された天体までの距離のことです。

 

(注10)ビーム希釈

対象天体の見かけの大きさに比べて空間分解能が低い望遠鏡で観測をした時に、天体の輝度が過小評価されてしまう現象のことです。

 

(注11)原始惑星系円盤

若い星の周りに形成されるガスと塵からなる円盤状の領域のことで、惑星系はこの円盤の中で誕生する。

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