凍み豆腐に学ぶ ~培養肉の大量生産のために可食材料から細胞培養足場材料を開発~

凍み豆腐に学ぶ令和7年2月7日
国立大学法人福井大学

本研究成果のポイント
◆可食性と安全性:食品グレードの材料のみを使用した可食性足場材料を開発し、培養肉の実用化に貢献。
◆高い多孔性:凍み豆腐の構造を模倣することで、細胞の浸潤性や栄養分の浸透性の促進と、筋線維に類似した構造を再現。
◆持続可能な培養肉生産:化学的架橋剤を一切使用せず、環境負荷の低い培養肉生産技術の確立に貢献。

概要
 世界的な人口増加と食肉需要の拡大に伴い、持続可能な代替タンパク質として培養肉の研究が進められている。しかし、培養肉の大量生産には、細胞が効率よく増殖・組織化できる細胞培養足場材料の開発が不可欠である。これまでの足場材料は、化学的架橋剤を用いたものが多く、可食性や安全性に課題があった。
 今回、福井大学工学研究科繊維先端工学講座の藤田聡教授らは、日本の伝統食品である「凍み豆腐」の製造プロセスに着想を得た可食性の多孔質足場を開発した。本足場は、大豆分離タンパク質、海藻由来の多糖で食品用の増粘剤・ゲル化剤としても広く用いられているカラギーナンおよびアルギン酸のみを用い、化学的架橋剤を一切使用していない。また、凍み豆腐の凍結融解を繰り返す製造プロセスをヒントに加工法を工夫することで、細胞の浸透性や栄養・酸素供給の向上を可能とする多孔性と、筋線維の繊維化を促進する機能性を実現した。
 本研究の成果は、培養肉の大量生産に向けた技術革新となる可能性を秘めており、将来的には、持続可能なタンパク質供給の実現や、環境負荷の低減に貢献することが期待される画期的な成果である。

〈研究の背景と経緯〉
 世界的な食肉需要の増加に伴い、持続可能なタンパク質供給の確保が課題となっている。畜産業は広大な土地と多量の水資源を必要とし、温室効果ガスの排出量も多い。また、動物倫理や宗教的制約といった観点から、従来の食肉生産に代わる選択肢が求められている。このため、植物由来の代替肉、昆虫食、培養肉などの代替タンパク源の開発が進められている。
 培養肉は動物細胞を培養し、肉の組織構造を再現する技術であり、従来の畜産に比べて環境負荷を低減できる可能性があることから、持続可能な食糧供給手段として期待されている。しかし、培養肉の生産には、細胞が増殖・分化しやすい細胞培養足場材料の開発が不可欠である。医療用の組織工学では、足場材料としてコラーゲンやゼラチンなどの動物由来タンパク質が使用されてきたが、培養肉の食用化を考えると、非動物由来の可食性材料を用いることが望ましい。
 本研究では、食品原料として広く利用される大豆タンパク分離物(SPI)に着目し、培養肉向けの可食性かつ細胞培養に適した足場材料の開発を目指した。SPIは粉末状で流通しており、食品への応用が進んでいるが、細胞培養に適した形状に加工するには、ハイドロゲル化などの処理が必要である。本研究では、食品添加物として安全性が確立されており、海藻由来の多糖であるカラギーナン(CA)およびアルギン酸ナトリウム(SA)を組み合わせ、多孔性の足場を作製した。さらに、日本の伝統食品である凍み豆腐の製造プロセスを応用し、多孔質構造(注1)を付与することで細胞浸潤性を向上させた。

〈研究の内容〉
 本研究は、SPI、CA、SAを主成分とするハイドロゲルを調製し、凍結・融解を繰り返し、最後に乾燥することでクライオゲル(注2)を作製した。このプロセスは凍み豆腐の製造に基づいており、高い吸水性を持つとともに、細胞の浸潤性を向上させることを目的としている。
 まず、各成分の水溶液を加熱し、均一に混合した後、室温で冷却・ゲル化させた。次に、このゲルを-30℃で凍結し、融解・再凍結を繰り返すことで内部にタンパク質の凝集と氷晶を形成させ、最終的に凍結乾燥によって多孔質構造を得た。この手法により、孔径や多孔度は調整可能であり、細胞の足場材料として適した環境を提供できる。
 作製したクライオゲルの多孔質構造を評価するため、走査電子顕微鏡(SEM)により断面の構造を観察し、平均孔径を測定した。その結果、直径200~300 µmの連結した孔を持ち、高い多孔度を有することが確認された。次に、圧縮試験および引張試験を実施し、機械的強度を評価した。化学的な架橋剤(注3)を利用せずに、イオン架橋によって強度を向上させることが可能であり、特にカルシウムイオンやカリウムイオンを利用したサンプルでは強度が向上することが示された。また、水中での膨潤挙動を評価したところ、12時間以内に2000%以上の膨潤率を示し、細胞培養環境下でも適切な水分保持が可能であることが確認された。
 続いて、マウス筋芽細胞(C2C12細胞)を用いて、クライオゲルの細胞培養足場材料としての適性を評価した。Live/Dead染色による細胞数および生存率の解析を行い、生細胞が足場材料内で効率よく増殖していることを確認した。また、クライオゲル上では、細胞の伸長と分化が観察され、筋線維形成を促進する可能性が示された。

〈今後の展開〉
 本研究で開発した可食性クライオゲルは、培養肉の実用化に向けた新たな足場材料として期待される。以下の点で社会的意義が大きい。
(1)可食性と安全性の確保:すべて食品グレードの材料で構成されており、培養肉製品としての実用化に適している。
(2)持続可能な培養肉生産への貢献:化学的架橋剤を使用せず、植物由来の原料を活用することで、持続可能な生産が可能である。
(3)細胞培養に適した足場材料の提供:多孔性の足場材料により、細胞の浸潤性や筋線維形成を促進する可能性がある。

 今後は、以下の点に取り組む予定である。
・細胞培養環境の最適化:培養条件の最適化や細胞種に応じた足場材料の設計を行う。
・スケールアップの検討:産業レベルでの応用を視野に入れ、大量生産プロセスの確立に向けた研究を進める。

 本研究の成果は、培養肉の実用化に向けた技術開発を加速させ、持続可能なタンパク質供給に貢献することにつながる。

 本研究は、公益財団法人 浦上食品・食文化振興財団の研究助成金(助成金番号R04102)によって行われました。

 
〈参考図〉

図1:
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202502063902-O3-mhcxUCgx

今回の材料の製造スキーム。大豆タンパク質分離物(SPI)と、海藻由来の増粘剤としても用いられている、カラギーナン(CA)およびアルギン酸ナトリウム(SA)を混合し、ゲルを作る。このゲルを凍み豆腐の製造プロセスに倣って、凍結・融解をおこなって多孔質の材料を作製した。

この多孔質の材料は、細胞の浸潤性にすぐれ、可食性でもあることから、培養肉の細胞足場材料として適している。

〈用語解説〉
(注1)
多孔質構造とは、空隙の大きなスポンジ状の構造のことである。細胞培養の足場材料として利用するためには、細胞が接着する場所だけでなく、伸展したり増殖したりするための十分な空間が必要である。さらにそれらの空間は、細胞への酸素や栄養分の供給のための通路ともなるため、互いに連結している必要がある(これを連通性という)。このため、細胞を厚みのある材料のなかで培養するためには、連通性をもった多孔質構造は不可欠であり、本材料はそうした構造を実現している。

(注2)
クライオゲル(Cryogel)とは、凍結(クライオ:cryo)とゲル化(ゲル:gel)のプロセスを組み合わせて作製される多孔質材料である。ゲルを一度凍結し、その後融解または凍結乾燥を行うことで、内部に多数の空隙が形成される。凍結時に水分が氷晶となり、それが融解または除去されることで、スポンジ状の多孔質構造が生じる。

(注3)
架橋剤とは、分子同士を連結するために使われる試薬のことである。粘性のあるポリマー溶液(ゾル)に架橋剤を添加することで、互いに結合した網目状のポリマー(ゲル)が得られる。架橋剤としては、化学反応を利用して共有結合を形成させるものが多いが、未反応の架橋剤や、反応性の官能基が残存すると、安全上懸念される。本材料では、イオンの持つ静電的な相互作用で分子同士を結合させるため、化学的架橋剤に対する安全上の懸念はない。

〈論文タイトル〉
“Porous edible cryogel inspired by the production of shimitofu (freeze-dried tofu) for high-density cell culture in cultured meat”
(日本語訳:「培養肉の高密度細胞培養のための、凍み豆腐の製造プロセスに着想を得た多孔質可食性クライオゲル」)

〈著者〉
 Ping Xia、 Hiroki Miyajima、 Satoshi Fujita

 シア ピン(福井大学 工学研究科 博士後期課程 総合創成工学専攻3年)
 宮島 浩樹(福井大学 学術研究院工学系部門繊維先端工学講座 助教)
 藤田 聡 (福井大学 学術研究院工学系部門繊維先端工学講座 教授)

〈発表雑誌〉
 「Food Hydrocolloids」(フード・ハイドロコロイド)163巻、文献番号111155
 (2025年1月30日に掲載)
 DOI番号:10.1016/j.foodhyd.2025.111155
 ( https://doi.org/10.1016/j.foodhyd.2025.111155

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