胃がん術後の補助化学療法は 75 歳超高齢者にも有効

―術後合併症の回避が課題―

2025 年 2 月 6 日

胃がん術後の補助化学療法は 75 歳超高齢者にも有効 ―術後合併症の回避が課題― 

研究成果のポイント
・国立国際医療研究センター 山田康秀 研究医療部長、浜松医科大学 今野弘之 学長、竹内裕也 外科学第二講座教授、慶應義塾大学医学部 北川雄光 外科学(一般・消化器)教室教授、名古屋医療センター 小寺泰弘 病院長、大阪大学大学院医学系研究科 土岐祐一郎 外科学講座消化器外科学教授、岐阜大学 吉田和弘 学長、神戸大学大学院医学研究科 掛地吉弘 医科学専攻外科学講座教授および共同研究グループは、全国胃癌登録データを用いて、胃がん患者、特に75歳超高齢胃がん患者の特徴を解析し、生存期間に影響を与える因子を特定した。
・75歳以下、女性、手術前に何も症状が無い、術前腎機能が正常、胃全摘術を受けていない、腹腔鏡手術を受けた患者の生存期間が長かった。
・再発予防を目的とした胃切除後補助化学療法は、多くの臨床試験で対象となっている75歳以下の患者同様、75歳超高齢者のステージIIまたはIII胃がん患者にも有効であった。
・75歳超では、腎機能障害、手術前に症状のある患者、胃全摘術の実施が術後合併症を併発する有意な危険因子であった。また副作用等の理由で術後補助化学療法を継続することが難しかった。
・手術時に、腹腔内にがん細胞が散らばっていたCY1胃がんに対する補助化学療法の延命効果も明らかになった。

背景
 ステージIIまたはIIIの切除可能胃がん患者では、目に見えない残存しているかもしれないがん細胞を死滅させ、再発を予防することを目的に術後補助化学療法を行うことが標準治療である。しかし、臨床試験に参加する患者では75歳超の患者数が少なく、抗がん剤には効果が期待される一方で副作用もあることから、高齢者に対する術後補助化学療法に関する明確なエビデンスが得られていなかった。そのため、本研究では、ナショナル・データベースの一つである全国胃癌登録のデータを用いて、統計学的に術後補助化学療法の有効性を検証した。また、臨床試験を実施するには、患者数が少ない胃切除後残胃がんに対する術後補助化学療法、およびCY1胃がんに対する術後化学療法の効果も検証した。

方法
 手術後に補助化学療法を行った患者と行わなかった患者の生存曲線を比較する際、潜在的な交絡因子に対処するため、傾向スコアマッチング法を行った。傾向スコアの推定には、年齢、性別、米国麻酔学会の身体状態分類 (ASA-PS)、Eastern Cooperative Oncology Group全身状態 (ECOG-PS)、病理組織型、手術アプローチ、リンパ節郭清、残存腫瘍、胃切除術式、およびクラビアン・ディンドー合併症重症度分類(注1)の二値変数が用いられた。

結果
 2011年から2013年の間に国内421病院で胃がんの治療を受けた34,931人の患者のデータを分析した。補助化学療法は全年齢を通じて有効であったが、75歳超の高齢患者は75歳以下の患者に比べて、5年生存率が約10ポイント程度低く予後が不良であった。術後化学療法は、残胃がん、腹腔内以外に他の遠隔転移がないCY1のステージIVの患者にも有効であった。最も多く投与された補助化学療法はS-1単剤療法であった。
 ステージIIおよびステージIIIの患者における生存期間の独立した予後不良因子は、75歳以上、男性、術前ECOG-PS 1、術前腎機能障害、胃全摘術、D1リンパ節郭清、開腹術、残存腫瘍R1またはR2、およびクラビアン・ディンドー分類グレードII以上、補助化学療法なしであった。未分化型腺がん(低分化腺がんと印環細胞がん)は、分化型腺がんに比べ予後は不良であった。腹腔鏡手術は、独立した予後良好因子であった。ロジスティック回帰では、75歳以上、男性、腎機能障害、ECOG-PS 1以上、および胃全摘術が、クラビアン・ディンドー分類グレードII以上の合併症を発症する頻度が高かった。胃癌治療ガイドラインでは、胃切除術後の予後が不良であるCY1胃がんに対してS-1単剤療法が推奨されているが、エビデンスレベルは高くない。本研究の結果、CY1陽性胃がん症例に対する術後化学療法の有用性が示された。

考察
 S-1は、テガフール(FT、フルオロウラシル(5-FU)のプロドラッグ)、5-クロロ-2,4-ジヒドロキシピリジン(CDHP、5-FUの分解酵素であるジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼを阻害)、オキソン酸を組み合わせた経口フルオロウラシルの抗がん剤であり、腎機能障害のある患者では5-FUの分解酵素阻害剤であるCDHPのクリアランスが遅れ、血中5-FU濃度の高い状態が長くなる。胃全摘術を受けた患者では、血漿中5-FUとCDHPの最大濃度と血中濃度曲線下面積が有意に増加し、それがクリアランスの遅延を引き起こす。実際に胃全摘術を受けた患者や腎機能が低下している患者では、S-1投与量の減量を必要とする頻度が高いとの既報もある1)。術後補助化学療法のコンプライアンス(服薬継続)は、75歳以上、腎機能異常、術前ECOG-PS1以上、胃全摘術、病期グレードIII期、クラビアン・ディンドー分類グレード II以上で有意に不良であった。

結語
 術後補助化学療法は75歳超高齢患者にも75歳以下患者同様に有効であった。術後合併症および補助化学療法コンプライアンス(服薬継続)低下のハイリスク因子の一つとして胃全摘術が抽出された。胃癌治療ガイドラインでは、ステージIIおよびIIIの切除可能な胃がんに対する標準的な術式として、胃亜全摘術および胃全摘術が主に推奨されている。術後合併症や服薬継続の危険因子を踏まえ、患者、医師、医療スタッフの間で意思決定を共有することにより(シェアード・デシジョン・メイキング)高齢患者の生存率と生活の質を改善するために、遠位胃切除術に加えて近位胃切除術と幽門温存手術を、より一層検討する必要がある。さらに、部分的胃切除術または局所切除術の有用性を臨床試験で評価することが望まれる。

参照
1) Iwasa S, et al.
Management of adjuvant S-1 therapy after curative resection of gastric cancer: dose reduction and treatment schedule modification.
Gastric Cancer. 2011 Mar;14(1):28-34. doi: 10.1007/s10120-011-0003-y.

用語解説
注1)術後合併症に関するクラビアン・ディンドー(Clavien-Dindo)分類
Grade I:正常な術後経過からの逸脱はあるが、薬物療法、外科的治療、内視鏡的治療、画像化治療のいずれも必要としない。ただし、制吐剤、解熱剤、鎮痛剤、利尿剤による対症療法、電解質補充、理学療法は上記治療に含めず、これらが行われていてもGrade Iとする。また、ベッドサイドでの創感染の開放はGrade Iとする。

Grade II:制吐剤、解熱剤、鎮痛剤、利尿剤以外の薬物療法を要する。輸血、中心静脈栄養を要する場合を含む。

Grade III:外科的治療、内視鏡的治療、画像下治療を要する。
 Grade IIIa:全身麻酔を要さない治療
 Grade IIIb:全身麻酔下での治療

Grade IV:高度治療室・集中治療室管理を要する生命を脅かす合併症。脳出血、脳梗塞、くも膜下出血などの中枢神経系の合併症を含む(ただし一過性脳虚血性発作は除く)。
 Grade IVa:単一の臓器不全(透析を含む)
 Grade IVb:多臓器不全

Grade V:患者の死亡

論文情報
雑誌名:Global Health and Medicine
題 名:Postoperative adjuvant chemotherapy in patients with gastric cancer
based on the Nationwide Gastric Cancer Registry in Japan
著者名:Yasuhide Yamada*¶, Yasuyuki Seto, Takaki Yoshikawa, Hiroya Takeuchi, Yuko Kitagawa, Yasuhiro Kodera, Yuichiro Doki, Kazuhiro Yoshida, Kei Muro, Yoshinori Kabeya, Ami Kamada, Kengo Nagashima, Hiraku Kumamaru, Hisateru Tachimori, Mitsuru Sasako, Hitoshi Katai, Hiroyuki Konno, Yoshihiro Kakeji
*:筆頭著者 ¶:責任著者
DOI:https://doi.org/10.35772/ghm.2024.01080

本研究は1月26日(日本時間)「Global Health and Medicine」(オンライン版)に公表されました。

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