世耕弘成経産相がNHKとのインタビューで「新卒一括採用の見直しを企業に促す」と明言したことが話題となっている。以前から経団連の御手洗冨士夫会長(当時)も言及するなどちょくちょく動きはあったものの、大臣レベルの発言ということでインパクトをもって受け止められているようだ。
ただ、現在の正社員を中心とした終身雇用制度の枠組みを維持したままでは、見直しは限定的なものにとどまる可能性が高い。いい機会なので論点をまとめておこう。
結局は常識的なセンに
仮に、経産相の意見に(あまり深く考えないまま)経団連と連合がともに賛成し、来年度から新卒一括採用がすべての日本企業で廃止されたとしよう。ある大企業の採用試験に、以下の3名がエントリーしてきたとする。
・山本君 大学4年生、22歳
・鈴木君 博士課程修了、28歳
・中村君 就職氷河期世代のフリーター、35歳
面接をしてみて、単純に現時点の人材レベルを評価したところ、社会人経験豊富な中村君、分野限定ながら高い専門性を持つ鈴木君、ポテンシャルのみが売りの山本君の順に評価が付くこととなった(実際、上記のような人材を面接するとそういう順序になることは珍しくない)。
ただし、そのまま評価順に採用できるかというとそうはいかない。一般的な日本企業の中には、初任給からスタートし、勤続年数に応じて少しずつ昇給していく年功給が一本のレールのように存在しているから、見所はあっても年のいっている中村君や鈴木君を受け入れるのは難しい。たとえば中村君に35歳基準の賃金を払うのはさすがに割高だし、「初任給からスタートさせて20年くらい経ってから出世で報いる」といってもその頃にはもう定年前だ。
鈴木君にしても、彼の専門性の活かせる仕事が組織に無くなった時にどうするのか。なんでもやれる総合職として彼はやっていけるのかという問題がある。
というわけで、結局は山本君のみ「総合職」として正社員採用し、鈴木、中村の両氏はせいぜい契約社員採用という、今とほとんど変わらないオチになるだろう。
労使ともリスクばかり気にして
処方箋としては、既存の正社員全体の賃金制度、人事制度も含めて抜本的に刷新する以外にはない。具体的に言うと、勤続年数に応じた職能給から、担当できる業務内容により賃金を決める職務給への切り替えである。それなら3人はそれぞれ現在のスキルに応じた処遇に収まり、今後の成長に沿って上下していけばいいから、年齢なんて気にする必要は無くなる。
ちょっと想像するだけでも、そうした改革のメリットはいろいろと思いつくはずだ。企業からすれば、多様な人材を即戦力で採用できるメリットがあるし、学生からすれば、従来の、基準の曖昧なポテンシャル採用から、自分が何をどう努力すればいいのか分かりやすい基準が示されるというメリットがある。
ついでにいうと、中高年フリーター問題も高学歴フリーター問題も、上記の例の通り問題の根っこは同じである。新卒一括採用の見直しが進めば、それらの問題もかなり改善が進むに違いない。
とはいえ、既存の賃金の見直しにつながりかねないことから、連合は上記のような処方箋にはとりあえず反対するだろう。経団連も今のところは年功賃金の見直しには反対のスタンスだ。
恐らく、現状のまま経団連あたりに申し入れたところで、「卒業後3年以内は『新卒』としてエントリーさせるように」というガイドラインが出される程度でお茶を濁されるだろう。
というわけで、新大臣にはぜひとも、頭の固い労使双方に改革のメリットを説明するところから手を付けていただきたい。筆者の経験上、経営者にせよ労組にせよ、上記のような改革に反対する人たちのほとんどはリスクばかりを気にかけ、それによって生じるメリットを理解していないからだ。
遠回りのように見えるかもしれないが、彼らにそうしたメリットを理解してもらうことが、「働き方改革」を実現するための一丁目一番地となるはずだ。(城繁幸)