横領を隠すために職場に放火、製造ラインで冷凍食品に農薬を注入、小切手の不正振出しなどで15億円もの資金を横領……。比較的最近のニュースを見るだけでも、すでにこれだけの不正が社会を賑わせ、逮捕者も出ている。日頃から社員の行動に目を配り、チェックを徹底して未然に防げればベストだが、人が人を管理する以上、完璧を望むことはできない。
そこで注目したいのが、不正を犯す社員が示すサインである。不正の動機は仕事や私生活でのプレッシャーや不満が極まることにより生じる。そして、そのような心理状態は、様々な形で言動の変化に表れる。その兆候をキャッチできれば、不正の早期発見に役立てることができるのだ。
典型的な兆候は、「分不相応な生活」
例えば、横領隠ぺいのために職場に放火した容疑で逮捕された元外務省職員は、複数の同僚から借金を重ねつつ、職場付近にあるカジノに通い詰めていたという。「カネに困っていながら」「ギャンブルに狂っている」という異常行動は、横領を犯す者が示す典型的な兆候である。同僚や上司は、きっと以前からそのような素行に気づいていたはずだが、もっと早めに手を打つことはできなかったのか。
不正の兆候への感度をどうやって高めるか?不正対策専門家の国際団体ACFEが2年ごとに公表する不正の動向調査報告書の2012年度版には、「犯行者が示す行動面における不正の兆候」が示されている。もちろん「このような兆候を示す人は必ず不正をしている」ということではないので注意は必要だが、チェックの視点として役立てたい。
最も典型的な兆候は、「分不相応な生活」、言い換えれば「収入以上の出費を続ける暮し」をしている状況である。夜な夜な高級クラブに通い詰めていた年金基金の事務長の異常行動はその典型だし、前回のコラムで取り上げた「月給20万円ちょっとなのにいろんな人に食事をおごる」というのも明らかに分不相応だ。その他、身に付けるものが高級ブランド化してくる、高級外車やマンションを購入した、休暇のたびにビジネスクラスで海外旅行に行っている、終電に間に合うのに平気でタクシーで帰宅する等々、過去の横領事例からはいろいろな危険信号を見て取ることができる。
行動に関する「チェックリスト」制定しているところも
会社や上司への不満が鬱積している同僚にも要注意だ。不満を抑え切れなくなると「会社には貸しがある」「倍返ししてやる」という不正の動機が生じやすい。報道によると、冷凍食品に農薬を混入させた容疑で1月25日(2014年)に逮捕された製造ラインの担当者は、「同僚よりボーナスの額が少なくてやってられない」と周囲に愚痴をこぼしたり、仕事のことで上司に注意されて大声で言い返したりしていたらしく、同僚は「かなり上司への不満やストレスを溜め込んでいる」との印象を持っていたようだ。さらに、この担当者は、持ち場以外のラインをうろうろして包装前の製品をつまみ食いすることもあったそうだが、「(ちょっとした)ルール無視を平然と行う」ような不誠実な言動が目立つのも、不正を犯しやすい者の兆候として注意が必要だ。
実際に不正を犯した社員は「他の社員に仕事を分担させない」ようになる。これは、発覚するのを恐れる気持ちの表れだ。さらに、隠ぺい工作を続けるために、早朝や夜、休日などに人目を忍んで一人で仕事をすることが増えるかもしれない。部下や同僚が急にそのような行動パターンを示したら、「毎日よくがんばるね」と感心せずに、なぜそんなに忙しいのか注意深くチェックする必要がある。
金融機関の中には、過去の横領事件から得た教訓を踏まえて、部下の行動に関するチェックリストを制定しているところもある。支店長はじめ管理職は、チェックリストの質問項目に沿って部下の行動、服装や表情に急な変化がないかを注意深く観察し、異常を感じた場合は必ず面接を実施する。どこまでやるかは各企業の判断だが、参考になる取組みだ。(甘粕潔)