一流ホテルや百貨店で相次ぐ食材偽装問題ですが、一連の報道に私の身の回りで起きたある事件を思い出しました。
もう数年前のお話です。事件は、数店舗の高級ステーキハウスを経営する旧知のB社で起きました。とある高級住宅地店舗の調理長を兼ねる店長から、「最近の米の仕入れに納得がいかない。これは会社の方針なのか」と社長あてに直訴がありました。
社長から厳しいコストダウン指示
詳しく聞いてみると、B社ステーキハウスのウリの一つであるライスの「魚沼産コシヒカリ使用」に偽りがある気がすると言うのです。B社食材は本社一括仕入れ方式ですが、なんでも半年ぐらい前から米の仕入れが「魚沼産コシヒカリ」と一般的なコシヒカリの2種類になり、本社からは2種類を半々に混ぜて炊くようにとの指示があったと。
社長は寝耳に水でした。すぐに仕入れ担当責任者を呼び事情を尋ねました。すると理由はこうでした。前期決算後の会議で収益性の低下が問題になり、社長から厳しいコストダウン指示が出され、部門の目標数字を達成するためには仕入れそのものを見直ししなくては到底無理。そこで、メイン商品のステーキ肉の質を落としてはまずいと思いライスのコストダウンに着目し、米の混合を思いついたのだと。
担当は、「魚沼産コシヒカリが例え半分になろうとも使っていることは事実なのだから、『魚沼産コシヒカリ使用』はウソではない」と言うのです。
異口同音に「社長が決めたことだと思ったので」
社長は烈火のごとく怒りました。
「店がウソついているかいないかは、会社が決めることじゃない。お客様が決めること。『魚沼産コシヒカリ使用』が実は半分だけだったとお客さまが知ったらどう思う。きっとだまされたと思うだろう。そしてその噂が広まってみろ、あそこは肉も国産牛使用と言っているけど半分は輸入肉をだまして使うブラック・ステーキ屋だ、と言われることにもなりかねないんだぞ。すぐに米を100%魚沼産に戻せ!」
こうして事件自体は 事なきを得たのですが、社長を悩ませた問題は魚沼産コシヒカリを半分に落としたという事実よりも、そのことをどの店も半年間も放置していたことにありました。各店の店長や料理長が長期間にわたって、なぜ本社に何のクレームも言ってこなかったのかということに危機感を覚えたのです。すぐに全店長を本社に呼んでその真意を質したのですが、答えはあまりにも意外なものでした。
皆が異口同音に口にしたのは、「社長が決めたことだと思ったので」。正しいことと間違ったことを見誤ってしまうほど、いつの間に社内はイエスマンばかりになってしまったのか。社長のショックは事件の発覚以上に大きなものになってしまいました。
私がこの一件をうかがったのは、ちょうどそんな折でした。
「大関さん、どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は何が間違っていたのだろうか」。
彼は本当に悲しそうに落胆もあらわに話しました。ワンマンとも思える強いリーダーシップを持って組織を率い発展させてきた社長が、気がついてみれば「裸の王様」になっていたわけですから無理もありません。
お客さまではなくて社長が神様に
私は思い切って言いました。
「社長が偉くなりすぎたのですよ。少なくとも幹部社員にとっては、お客様よりも社長の方が偉くなってしまったのです。サービス業にとって何よりも大切なものはお客様であると、もう一度原点に立ち返って徹底する必要がありますね」
その昔、国民的歌手の三波春夫さんが「お客さまは神様です」と言って一世を風靡しましたが、この台詞お客様商売には長く語り継がれる名言でもあります。B社はいつの間にかお客さまではなくて社長が神様になってしまっていたのだなと、私は思いました。
社長が偉くなり過ぎてしまった企業では、社員の判断基準がいつしかお客様優先から社長優先に変わってしまっています。その兆候を教えるのがイエスマンです。社長自身が、社内にイエスマンが増えてきたなと感じたら、「組織がまとまってきたな」ではなく「組織がお客様軽視になってきてはいないか」と黄色信号点灯を感じるべきなのです。(大関暁夫)