先日、取材に来たある記者と、筆者はこんなやり取りをした。
「ブラック企業について教えてください。実際にはどんな会社なんでしょうか?」
「じゃあとりあえず、どこでもいいから駅前の雑居ビルに入ってるような小さな会社に行ってみるといいですよ。従業員20人くらいの。間違いなくブラックだから」
「いや、そういうのじゃなくて、ちゃんとした大きな会社で、ブラックなところを取材したいんですけど」
そもそも、なんで有名企業じゃないとダメなのか?
「なんで『ちゃんとした大きな会社』じゃないとダメなの? 中小の方がもっとひどいところいっぱいあるけど、わざわざ『マシな方』をクローズアップする意味ってあるの?」
「いや、中小企業がろくに労基法守れないなんて、みんなわかってるじゃないですか」
そこで、「大手企業のアラを探すより、もっとひどい中小企業の実態にクローズアップした方が生産的だと思うけど。ていうか、中小企業は法律守らなくてもいいって誰が決めたの?」というと、何かわけのわからない言い訳を始めたうえ、折り返しにすると言ったっきり連絡が来なくなってしまった。
そういえば先日、筆者の予想通り、与党が「ブラック企業の社名公表」をマニフェストに盛り込むのを見送ったそうだ。たぶん、政府内でも同じようなやり取りがあったと思われる(以下、筆者の想像)。
議員「ブラック企業をリストアップしたまえ! 労基法をぜんぜん守る気ないような会社だよ」
役人「文字通り法律違反している会社なら、誰も知らないような中小企業ばかりになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
議員「いや、そういう中小じゃなくて、過労死するほど残業させたり、残業代全部は払ってないような有名企業はないの? いろいろネットで話題になってるじゃない」
役人「過労死するほど残業させるのは36協定結べば違法じゃないですし、サービス残業なんて大なり小なりどこでもある話ですので、特定の企業だけピックアップするのは難しいと思いますが」
議員「じ、じゃあ、サービス残業に対する規制を強化して、その36協定とやらを禁止するのは?」
耳に心地よいだけの政治屋には騙されるな
役人「では、まず隗より始めよで、われわれ霞ヶ関官僚のサービス残業を撲滅するため、増税でも何でもして予算を確保してください。また労働時間に上限を設けるということは、忙しかったら残業の代わりに人を雇わせるということですから、暇になったらクビにできるよう、あわせて金銭解雇ルールの導入も進めてください」
議員「そ、それはだな……」
役人「そもそも、なんで有名企業じゃないとダメなんでしょうか?」
議員「だって、どんなにブラックでも誰も知らない中小企業の社名公表したって、僕らの得点にならないじゃない。どこでもいいから見せしめに有名大企業をリストアップできんもんかね」
役人「その場合、大手はちょっとでも穴があれば罰するが、中小企業は法律を守らなくてもいいと政府が宣言することになりますが、よろしいんでしょうか?」
議員「……ま、まあ、党内で検討してそのうち結論を出すから、今回は見送ろう」
若者の雇用問題や正規雇用と非正規雇用の格差問題等、構造的な問題はしばしば先送りされるものである。それは、声を上げたものが、その問題の根深さを知ると同時に、そこで立ち止まってしまうからだ。
ちなみに筆者はこれまで、フリーターが正社員として採用されにくい理由をトータル50人くらいのメディアの人間に説明してきたが、それがその通り記事になったことは一度もない。正義とか道徳という言葉を振りかざすのは大好きだが、自分に影響が及ぶと気付くと途端に静かになるというのが、筆者の考える平均的日本人像だ。
とはいえ、自民党は解雇ルールの導入に一定の理解を示してはいるから、この問題に対してはまだマシな方だろう。対案を全く示すことなく、雇用問題で声高に与党を批判するだけの共産や社民といった政党は、決して問題を解決することはできないし、そもそもその気もないはずだ。参院選を前に、元祖氷河期世代の一員として今の20代に送りたいアドバイスは「耳に心地よいだけの政治屋には騙されるな」ということだ。(城繁幸)