大手酒類メーカーA社が、社員による横領事件を公表した。営業課長クラスのB(45)が6年にわたって約1億3000万円を着服し、趣味や旅行などに浪費していたそうだ。会社はBを懲戒解雇し、業務上横領容疑で刑事告訴した。
Bが横領の手口に使ったのは、商品券。ビール販促用の景品(グラスやおつまみなど)を外部業者に発注したように偽装して、実際にはBあてに商品券を納入させ、金券ショップで換金して横領。会社には、何食わぬ顔をして虚偽の販促費請求書を回していた。
景品は外部業者から小売店等に直送されるため、A社内でのチェックが行き届かず、長らく不正に気づかなかったとのことである。
販促費の異常な増加が国税の目に留まったか
この事件の発覚は、国税局の指摘をきっかけにした社内調査によるものだった。販促費の増加が異常値となって国税局の目に留まったのだろう。
この手の不正は外部業者が共謀しているケースも少なくないが、この事件では関与を否定している。しかし、A社への請求明細(景品)と実際の納入物(商品券)が違うことは当然認識していたわけであり、まったく知らなかったではすまされまい。
大手メーカーとの力関係でBからの無理難題を断れなかったのか、あるいは外部業者の担当者が個人的にBと共謀して分け前をもらっていたのか。刑事告訴が受理されれば外部業者にも捜査が入り、真相が究明されるだろう。
今回の件も、企業の不正リスク管理にいろいろな教訓を与えてくれる。
商品券、ビール券、切手、新幹線の回数券など金券ショップで扱っているすべてのものは、換金性が高く簡単に持ち出せるので、横領のターゲットとなりやすい。企業は、そのような資産を頻繁に扱う部署はどこか、それらの管理は十分にできているかなどの観点から不正リスクを定期的に見直し、監査などで重点チェックする。
内部監査担当者は、たまに金券ショップめぐりをして「今どんなものの需要が高いのか」などのトレンドを頭に入れておくことも必要かもしれない。需要の高いものは、横領の動機になりやすいと考えられるからだ。
営業担当者がいるすべての会社にリスクがある
Bのように外部業者に発注権限をもつ者は、不正の誘惑にさらされやすい。この事件では、Bが外部業者と直接自由にやり取りできたことが不正を助長したといえる。もしBが「できる営業マン」としての地位を築いていたのであれば、Bの販促費の使い方は「聖域」になっていた可能性もある。
A社は「今回の事態を重視し、管理体制を一層強化し、再発防止の徹底に努めてまいります。」とコメントしているが、まずは「職務の分離」「ダブルチェック」という基本を遅まきながら徹底することから始めなければならない。事務コストは増すが、「販促用グッズの発注と納品確認は、営業部門の申請を元に別の部署が厳正に行う」べきである。
税務当局の経費に対するチェックの視点も活用したい。大企業では膨大な数の経費支払い記録をチェックするのは至難の業だが、最近は大量のデータを効率的にチェックできる監査ソフトウェアなども充実している。
内部通報制度を拡張し、外部からの通報も積極的に受け付けることも一考に値する。この事件では、外部業者の中に不正に気づいていた社員がいたはずである。過去には金券ショップのスタッフが、切手を大量に持ち込む客を不審に思って通報したことで不正発覚した事例もある。
ネット上には「このような不正はきっとどこでも行われているだろう」という手の書き込みが目立つ。営業担当者のいない会社はなく、業種を問わずあらゆる会社が、「うちは大丈夫?」という視点で見直すきっかけとしたい。(甘粕潔)