厳しい就職環境の中、仕事に使える「資格」の人気が高まっているという。資格を持っている人なら仕事ができるとは必ずしもいえないが、持っていない人よりも会社にアピールする材料があるとは確かにいえるだろう。
ある会社では、求人条件に「資格保有者」を掲げているが、合格発表前の魅力的な人材を前に、採用すべきか否か迷っている。いちおう内定を出しておいて、合格できなかったら「内定取消し」できれば好都合なのだが…。
資格を持たない人をこれ以上増やす余裕がない
――社員15人の不動産会社を経営しています。現在、宅建(宅地建物取引主任者)の資格を持っている社員は4人。今後さらに増やしていきたいと考えています。
社員には資格取得を奨励していますが、日々の仕事で精一杯なのか、なかなか取得が進みません。そこで今年から、人材採用の条件に「宅建資格必須」を加えています。
来月に資格保持者が退職するため、求人活動を行っていましたが、面接をした中で採りたい人が1人いました。実務経験もあり、人柄もよかったからです。
資格は持っていませんが、すでに10月に受験しており、「専門学校の資料と答え合わせをしたが、たぶん合格していると思う」といいます。
発表は12月上旬の予定ですが、他社から内定を貰っていることもあり、できれば押さえておきたい人材です。しかし、万が一落ちていることを考えると、別の資格保持者を今から探した方がいいような気もします。
そこで「内定を出すが、もし合格していなかったら解雇」という条件で内定を出したいと思いますが、いかがでしょうか。社員に相談したところ、
「そんなこと言ったら、『こんな非情な会社は嫌だ』と逃げられますよ」
と忠告されています。とはいえ、採用したものの、いつまでも合格しない社員を雇っておく余裕はありません。どうすればよいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「不合格なら内定取消し」は法的に可能
内定通知書を発行していない場合であっても、内定を取り消すときには合理的な理由がなければ「解雇権の濫用」に当たり、無効という法的判断が下されるおそれがあります。解雇できるのは、面接時に知ることができない事実があり、社会通念上相当な事由があると認められる場合だけです。例えば、試用期間や本採用前に経歴に詐称が発覚しその内容が採用基準に大きな影響を及ぼすときや、健康を著しく害して勤務ができないとき、逮捕・起訴されたときなどが考えられます。
採用基準となっている学校を卒業できなかった場合も内定取消しは可能ですので、今回の「宅建不合格」も同様に取り扱うことができます。しかし、法的に問題がないとしても、間もなく合格か不合格かが決まることは分かっているので、内定を出す場合には求職者にその旨を説明する責任があります。合格日まで会社の判断を延期するか、「資格が取れなかった場合には内定を取り消す」と説明した上で求職者に判断を委ねるべきでしょう。
なお、宅建業法では、事業所の従業員の5人に1人は宅建の有資格者でなければならないと定められていますので、注意が必要です。
臨床心理士・尾崎健一の視点
採用基準の基本部分がOKなら採用しても
既存社員で資格のない人でも、仕事はできているのですよね。採用基準の基本部分がOKであれば、実際に働いてもらうのも手ではないでしょうか。宅建のように実務に密接に関わっている資格は、働きながらの方が取得しやすいという人もいます。特に今回の場合、基礎学力はきちんとついているようですので、今回はダメでも次回以降に合格する確率は比較的高いと思われます。
資格を優先しすぎるあまり、協調性がなかったり、まるで仕事ができない人を採用してしまう例はたくさんあります。実務経験や人物像は要求の基準をクリアしているようですので、資格要件よりもそちらに力点を置く判断をすることも考えられます。ただし、同時期に入社した人が「あの人は条件を満たしていないのに、なぜ採用されたのか」とならないように、条件面のバランスには注意したいものです。例えば、入社後に資格手当などで差をつけると、資格取得のインセンティブになります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。